作品
第2話:叶わない望み(年齢制限有Ver.)
――玄冬。
「……ふ……っ」
呼ばれる名前に籠められた甘い響きが脳裏に浮かんで、零れた声を押し殺す。
――愛しい、私のたった一人の子。
「ん…………」
触れられた優しい指の感触を覚えている。
指だけでなく、唇も、舌も。
あのぬくもりは全て。
何度触れられたかなんて、わからない。
思い返して、自分のモノを擦り上げた。
――可愛いね、君は。本当に。
「黒……鷹……っ」
大の男に言う言葉じゃない。と何度か言った。
それでも、飽きもせずに繰り返される言葉は恥ずかしかった。
もう今となっては、その言葉は例えようも無く、懐かしい。
既にそれは聞くことの叶わない言葉。
俺に向かって可愛い、なんていうのは黒鷹だけだった。
――足を開き給え。触れてあげるから。
「く……ろた……っ! ん……!」
この身体にあいつが触れてない場所なんて、どこにも残ってない。
なのに、もう触れてはくれない。
どんなに望んだとしても。
黒鷹はもういない。
この世界のどこにも……!
――堪えなくていい。……達してしまいなさい。
「うあ……あっ! ……黒……っ!」
ずきんと腰に甘い疼きが走り、手に生温い白濁が降りかかった。
徐々に熱が冷めてくると、自分の現状に苦笑した。
あいつを思って、自分を慰める。
なんて浅ましいのだろう。
それでも。ただ恋しかった。黒鷹が。
あの熱に溶かされ、抱きしめられたことが遠い日のように思う。
永遠に戻らない日々。
愛しい俺の鳥。
触れられることはもう叶わない。知っているのに。
あのぬくもりを失くしてしまったのは、自分が原因だというのに。
「……黒鷹」
呼んでも、返事は戻らない。
……お前は呆れるだろうな。こんな状態の俺を見たら。
「お前に……逢いたい」
お前が望んでいたのは、俺に『生きていて欲しい』ということだったのは知っているけど。
黒鷹のいない世界は、時々酷く辛かった。
こんな風に、一人になった瞬間は特に。
目を瞑ると、あの最後の微笑みを思い出す。
俺は……最後に微笑うことが出来なかった。
「黒鷹……」
ぱたりとシーツの上に零れた水滴。
涙の跡。懐かしくて、悲しくて、愛しい記憶。
忘れることなんてできない。
黒鷹。お前の声が聞きたい。逢いたい。触れたい。
せめて、夢でだって構わない。
情けないと叱ってくれていい。
お前に逢う事さえ出来るのなら……!
***
まずいことを知ったと思った。
茶を淹れてくれた礼を言いそびれたから、台所にマグカップを戻すついでにと、部屋に寄ろうとしただけだったんだが、扉を叩こうとして、零れる切ない声に気がついた。
辛そうな響きで呼んだ名前は黒の鳥のもの。
……ただ、養い親というだけではなかったのだ。
如何に玄冬の中で大きい存在だったのか、想像にあまる。
奴に気づかれないよう、足音を忍ばせて自室に戻ると大きく息を吐いた。
「気づかれてはいない……だろうな」
さすがに知られたくはないだろう。
黒の鳥を想って自慰をしていたところなぞ。
……あんな面もあったのだと、意外に思う気持ちと何故だか切なく思う気持ち。
「……知らぬふりで通すしかない」
明日、会ったらいつものように接することができるだろうかと。
いや、いつものように接しなければならなかった。
あれは忘れなければ。
知られることなど望んではいないはずだから。決して。
――黒……鷹……っ
一瞬、頭の中に響いた声に想像しそうになった光景を、頭を振り払い消した。
忘れろ。忘れるんだ……。
- 2008/01/01 (火) 00:02
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