作品
寝物語
「兵十は……っ立ちあが……って、ひっく、納屋にかけて……ある火なわ銃を……うう」
(……何だかなぁ……)
玄冬は枕元で本を読みつつ、泣きはらしている黒鷹を見て溜息をついた。
『寝る前に為になる話をしよう』……と黒鷹は玄冬が眠る前に話をしてくれるのが、物心つく頃からの習慣となっている。
そこまではいい。
黒鷹は話の仕方が面白いし、声色とかも変えて話してくれるので、楽しみでないと言えばウソになる。
その話の内容が悲しいものでさえなければ。
下手に悲しいものだったりすると、どんどん感情移入をしてしまって、
泣き出してしまうのだ。
こうなると、もう話はまともに聞こえてこないわ、泣き声がうるさいわで、うっとおしいことこの上ない。
眠るどころではなくなってしまうのだ。
話も結局泣き声でわからなくなるので、後で玄冬が自分で本を探して読み返すはめになることも既に珍しいことではない。
今回も間違いなくそうなるだろう。
「いま……っ戸口を……うう……出ようと……ひっく……するっ……ごんを」
「……あのさぁ、黒鷹……」
「っ……なんだい? い、今……っちょうど……」
「……悪いけど、大分前からお前の泣き声で、話がわからない」
「…………そうなのか……?」
「お前……泣き過ぎてまともに本が読めてないことに自覚ないだろ……」
大きく息をつくと、玄冬はベッドから起きあがった。
「玄冬?」
「ちょっと待ってろ」
小さい足音がぱたぱたとキッチンの方に向かったかと思うと、まもなく手に何かを持って戻ってくる。
そして、その手のものは黒鷹の顔……目のあたりに軽く押しつけられる。
「ほら、これで押さえてろ」
「これ……?」
ひやりと濡れた感触に尋ねると、またベッドに潜りこみつつ玄冬が応えた。
「濡れタオル。……ちょっとでも冷やしとかないと明日の朝、顔がむくんでひどいから」
「……有り難う」
つい、黒鷹の口元に苦笑が浮かぶ。
世話をしてるつもりで世話をされている。
まったく、どっちが親で子なのかわからない。
部屋を出ようと席を立ったら、玄冬に服の裾を掴まれた。
「うん?」
「……目が覚めちゃったから、もうちょっとここにいろよ。あの話はもういいから」
「……そうか。横に入ってもいいかい?」
「うん。ほら」
場所をずらした玄冬の横に、黒鷹が入りこむ。
しばらくの沈黙の後、玄冬が口を開く。
「黒鷹……」
「どうしたんだい? 眠れないかい?」
「……今度から話をするなら、お前が泣き出さないものにしてくれ」
「善処させてもらうよ」
「……ん…………」
ほどなく、玄冬は寝息を立て始め、黒鷹は彼を起こさないように、そっと頭を撫でた。
***
私があの話で泣いてしまうのはね、一番最初の君を思い出すからだよ。
流れる歴史の中に名前さえ残らなかった君。
散々陰で戦を収めようと尽力してきたのに、結局は魔王として殺されることを選んだ。
自分を全ての元凶のようにしてしまう形で。
『玄冬』であったが為に。
……どれほどに報われないことになってしまったかを誰も知らない。
自分以外は。
この先、いくら時が過ぎても。
そんなこと、決して君に言う事はない。
全ては過去の話だから。
でも、私は忘れないよ。
そんな優しい君を、ね。
2004/06/06 up
元はかつて運営していた『黒玄Webring』で、配布していたお題の
『黒玄好きへの10のお題』よりNo9を使って書いたものです。
基本三人称で進めて、ラストだけ黒鷹視点での語り。
おまけストーリーでのやりとりがベースです。
とにかく黒親子を可愛く書きたかったのですが、
最初コメディで書いていたつもりが、最後はちょっとだけシリアス。
ごんはどう考えても、やっぱりごんぎつねだよなーとそれを話に絡めました。
初期の話の中ではそこそこ評判良くて、嬉しかった覚えが。
同じお題で全く違う話になった裏仕様もあります。
- 2008/01/01 (火) 00:07
- 黒親子
タグ:[黒親子][黒鷹][こくろ][黒玄好きへの10のお題]