作品
ご先祖様
それは物心ついていたときには持っていた誇りだった。
――坊ちゃまのご先祖様はね、世界をお救いになった救世主さまだったんですよ。
――救世主?
――ええ、世界を滅ぼしてしまう、『玄冬』という化け物を倒すことで、皆を助けてくださったのです。
小さい頃に乳母が良く話してくれた。
『救世主』『玄冬』。
そして、それに纏わる世界の話を。
広間に掛かる救世主……自分の曽祖父にあたる人の肖像画を見て、あこがれを抱いたのは当然と言えただろう。
もしも、『玄冬』がまたこの世に現れるなら。
きっと初代のように自分が『玄冬』を倒してみせるのだと。
この世界の為に。
初代の血に恥じない生き方をしようと、国の為に、陛下の為にただひたすら働いた。
血の七光りなど陰口を叩かれないよう、努力を惜しんだつもりもない。
救世主が、玄冬が現世に現れて、自分には玄冬を倒せないとわかっても、俺は自分に出来る限りのことをしようと思った。
なのに、その『玄冬』はどこにでもいそうな普通の青年で、
せめて、抗ったり罵ったりしてくれれば、まだよかった。
しかし、玄冬はただ静かに終末の時を迎えようとしていて。
……わからなくなった。
自分が誇りに思ってきたものが。
本当にこのまま彼を死なせてもいいのかと。
自分に彼を殺す力がなかったことに、安堵したのだ。
日々を精一杯、生きる民を守りたい。
罪など彼らにはない。そう思っていた。
だけど、本当に罪ではないだろうか?
彼自身を何も知らぬまま、ただ災いを呼ぶものだから殺せと唱え、自分たちだけの安らぎを求める彼らは?
「勝手に処刑の日にちでもなんでも決めればいいさ。
……それでも、僕は玄冬を殺さない」
「……なんだと? 貴様、自分の言っていることがわかってるのか?」
「……あんたこそ。今、自分がどんな顔してそう言ってるか……わかってるの?」
「なんだと……」
「本当は安心してるくせに。
僕が殺さないと言ってることにも、自分が玄冬を殺す力がないことにも」
「……っ…………」
「もう、放っておいて。……静かに世界が白く染まって、終末に向かっていくのも綺麗だと思わない? ねぇ?
何も知らないくせにただ『玄冬』を殺せと言い続ける世界よりずっと」
「……花……白」
返す言葉は見当たらなかった。
ただ、花白が城から姿を消し、やがて世界がこうして白く埋められるのを止める言葉は俺には言えなかった。
……たった一人の犠牲。
でもその一人の為に他の誰が報いてやれる?
「……綺麗か……そうかも知れないな」
城の最上階で舞い降りてくる雪を見て思う。
明らかに始まっている滅びの瞬間。
きっとこうしている間にも、城下では体力のない子どもや年配の者たちから息絶え始めているのだろう。
そして、やがては自分にもそれが訪れるはずだ。
それを思うと心が痛む。
だが、どこかで安心もしている。
「……不甲斐無い子孫と、貴方は呆れられるのだろうか……」
空に向かって呟いてみる。誰も聞いていない言葉を。
「それでも、俺はこれでも良かったと、そう思うんです」
横たわり、降り続ける雪の中で何故かぬくもりさえ感じながら、目を閉じた。
願わくば。全ての生きとし生けるものたちに。
呪う言葉も恨む言葉もなしに。
……ただ、久遠の安らぎと安息を。
2004/06/12 up
「銀朱隊長親衛隊」(閉鎖?)で配布されていた
「銀朱隊長好きに10のお題」よりNo10を使って書いた話。
当サイトにおいては非常~に珍しくも(笑)話にほとんど黒親子両方が直接関わってこない、さらにカプ要素が全く無いというもの。
銀朱視点。
当時、これがやりたくて隊長お題に手をつけた覚えが。
うちのサイトでは結構異色の系統。
- 2008/01/01 (火) 00:22
- カプ要素無
タグ:[カプ要素無][銀朱][銀朱隊長好きに10のお題][無為の咎人][銀朱視点]