作品
遠き地よりただ願う
あれから何回目になるだろう。こうして彼女の髪の色をした花をこの日に生けるのは。
追悼の意でもあるけれども、ささやかな祝いも籠めている。
俺の自己満足に過ぎないのだろうけれど。
「……彩紅」
彼女の姿は俺の中で今も色褪せることなく微笑む。
今日はたった一人の妻の命日で、たった一人の息子の誕生日。
最上の幸福と最悪の絶望。
一度に味わったこの日を俺は決して忘れない。
ただの一度きりしかこの腕に抱いてやれなかったあの子は、今何処でどう過ごしているのだろう。
黒の鳥はあの子を可愛がってくれているのだろうか。
いや、思う資格も俺にはないけれど。
――彩を離れるそうだね。
出立の直前、人目を忍ぶように訪れてくださった灰名様は本当に残念そうにそう言った。
――こんな形でなければ、私の息子といい友人になれただろうに。
……本当なら色々話したかった。
――黒の鳥と……あの子はまだ見つからないそうですね。
――ああ。……見つからなくていいよ。
時が来るまでは確実に数年あるのだから。
――…………灰名様?
――……第三兵団団長である前に、私は子どもの父親だよ。
――灰名様。
――時期が少しずれていれば銀朱……私の子が『玄冬』だったかも知れない。他人事などではないよ。
正直、君の奥方の行動はわからなくはない。私だってようやく授かったあの子を奪われたら、と思うとね。
――私、は……。
――でも、私は謝れない。恨んでくれて構わないよ。
――できませんよ。誰の所為でもないのですから。謝られても困ります。
そう、誰の所為でもない。
ただ、あの子が偶々『玄冬』として生を受けてしまっただけで。
彩紅と俺の子である事実には変わりがない。
それに彩紅は戻ってはこないことも、あの子がここにいないことも、もう変えられない現実。
どうしようもないことが確かにあるのだと思い知らされたけれど、それでも灰名様や他の誰かにこんな思いをさせずに済んだことを思えば、誰を恨めるだろう。
黒の鳥にしたって、俺には恨むことなど出来ない。
――これを奥方に。こんなことしか出来ないけれども。
差し出された鮮やかな紅色の花は初めてみるものだった。
――我が家の庭に咲いていたのだが、どうやら珍しい種類らしい。貰ってやってくれるかい?
――ありがとう……ございます。
――もう会う事はないかも知れないが……せめて元気で。時雨。
そして、灰名様に頂いたものの花言葉が『大切な貴方に』というのを知ったのは随分と後のことだった。
毎年この時期になると鮮やかな花を咲かせるこれを、俺は彩紅に捧げる意味と、もう顔もわからない、同じ空の下の何処かにいる息子に捧げる意味で生ける。
息子がどんな風に育っているのか、興味がないと言えば嘘になるだろう。
それでも俺はあの子には会ってはいけない。
俺には彩紅のように身を挺してあの子を庇うことも、黒の鳥のように守り続けることも出来ないのだから。
だから、俺に出来るのはただこれだけ。
息子よ、誕生日おめでとう。
どうか君が生きているうちは幸せでありますように。
2006/04/26 up
時雨独白。2006年の玄冬誕生日祝いの作品のはずですが……。
お祝いにしては暗いテーマですみません。
玄冬の誕生日は、時雨さんにとっては一人息子の誕生日であると同時に、妻である彩紅の命日でもあるのだと思うと、切なくなります。
複雑な日だろうな……。
ちなみに灰名様が渡した花は捏造のものです。
特定のモデルの花はありませんのであしからず。
- 2009/01/01 (木) 00:00
- カプ要素無