作品
愚かな人間
世界の片隅で叫び声を聞く。
殺せ。殺してしまえ。あの国を手にいれるなら今だ。
もう彩は神聖国家などではない、と。
「……一番最初を思い出すな。
時代が流れているはずなのに、本質的な部分では変わらないのだね、人間は」
口元に意地の悪い笑みが浮かぶのを押えられない私の反応は正しいものだろう。
あの人がいなくなっただけで、あっさり箍の外れた世界に笑うしかない。
『救世主』、そして『玄冬』による世界のシステム。
伝承されていないはずはないのに、もう誰もがそんなことを忘れてしまっている。
目に見えていないものは記憶から抜け落ちてしまいやすいということなのか。
各地で領土拡大の為に繰り返される戦。
ひっくり返したばかりの砂時計の砂粒が落ちていくが如くの勢いで、あっさりと潰えていく数多の命。
欲に絡め取られた人間には目の前の戦に勝つことしか見えていない。
また玄冬が生まれてくるのはもうじきだ。
予想以上に早い邂逅になることに私としては嬉しい限りだが。
「あの子が記憶を持って生まれてきたら悲しむだろうな」
私が気にかかるのはその点だけだ。
白の鳥が存在しないことも、繰り返される戦も、私の所為だと責められるのは構わない。
事実その通りなのだから。
だが、あの子は。
本当に優しいあの子は、かつての記憶を持って生まれてしまったのなら、それさえ、自分の約束が私を追い詰めた結果だろうと悲しむだろう。
違うのだけどね。
私は本質的に何も変わってはいない。
愚かな人間やそれを抱えるこの箱庭には興味がない。
私が想うのはただ君一人。
変わった部分があるのだとしたら、約束を守るためとはいえ、一人で過ごす時間の長さに耐えられなくなっただけだ。
……恨むなら残酷な約束をさせた自分を恨みたまえよ、玄冬。
不意に。
静かに冷えた気配に空を見上げる。
「……降ってきたか」
いつもより少し早い冬の訪れ。
あの子の生まれてくる前兆だ。
あと半年もすればあの子に逢える。
この腕に抱ける。
それまでは。
愚かな人間を肴に君の作る果実酒には及ばないまでも、上手い酒でも飲みながら、時を過ごそうか。
2006/夏か秋? up
花々(閉鎖) が配布されていた「あっけない死10題」、No6から。
魔王ルート手前的な。
- 2013/09/09 (月) 19:21
- 黒玄