作品
無垢な想い
「あ…………」
寝ようとして、少しだけ甘いような香りがするのに、気がついて。
起きて、窓の外を見てみると、ふわふわとキレイな花びらが舞っていた。
この前まで、舞っていたのは真っ白い雪だったのに。
桜が咲いてる。
窓の際に一片のっていた花びらを取ったら、キレイな淡いピンク色。
手を伸ばしたら、もっと取れるかと、窓にはまった格子の隙間からできるだけ手を出してみた。
そのうち、手のひらいっぱいに花びらがのって、落とさないように、手を引っ込めた。
たくさんの花びらが重なって、色が微妙に変わって見えて、一片だけよりもずっといい。
雪みたいに、手にのせても融けない。
凄く……キレイ。
「黒鷹、喜ぶかな」
僕が何かを貰ったときみたいに、わくわくしてくれるだろうか。
笑ってくれるかな。
うん、明日会ったら黒鷹にあげよう。
こんなにキレイなんだもの。
喜んでくれるといいな。
***
いつもなら、朝から黒鷹が来るのに。
今日は来なかった。
どうしたんだろう?
もう夕方になるのに。
こんな時間になるまで来なかったことなんて、ないのに。
何か寂しいと思ったときに、カシャンと鍵が開く音がした。
「黒鷹?」
声をかけたけど、いたのは違う人だった。
「使用人」って黒鷹は言ってた。
食事を運ぶときとかに見かけるけど、名前は知らない。
ほとんど話したこともない。
「ここを出てください」
「え……?」
「参りますよ」
「え……どうして……」
黒鷹はここから出ちゃいけないって言ってた。
だから、僕はここを出たことがない。
なのに、その人は僕の手を引っ張って、さっさと歩き始めた。
つられて、結局僕も歩く。
……いいのかな。
「……黒鷹のところにいくの?」
「…………いいえ」
「ねぇ……後で黒鷹に会う?」
「私は…………あとでなら」
「じゃあ、これ渡しといて」
「これは?」
「昨日、部屋に入ってきたの。
キレイだから、黒鷹にあげようと思って」
「………………」
ポケットに入れてあった、花びらをその人に手に渡した。
ホントは直接渡したかったけど、もしかしたら渡せないかも知れないと。
何故か、そう思ったから。
――ここを出るのだとしたらね。
だって、黒鷹は言ったんだ。
――全てが終わるときなんだよ。
だから、きっと会えない。
……自分で渡したかったな。
笑うところが見たかったのに。
黒鷹の笑った顔、凄く好きだった。
***
そのままにしておいてくれ、と言ったとおり。
あの子が逝った部屋は、最期を迎えたときのままだった。
仰向けに倒れていた玄冬を抱き起こすと、穏やかな顔。
微笑っているようにさえ見えるのはどうしてだろう。
あれから、君が生まれてくるたびに。
私は一度だって君に告げていない。
『玄冬』であるということ、その存在の意味を。
ただ、時が来るまで一室に幽閉するようにして育てている。
それなのにね。
いつだって君は抵抗しない。
安らかな顔をしたままで、その生を閉じる。
そんな顔をしてるから。
私は何時までたっても我侭を通す。
……君との約束を守ってしまう。
そっと貰った花びらを懐から取り出して、微かに開いてる玄冬の唇に一片挟み込んだ。
血の気の失せた唇に淡いピンクが映える。
「……せめて、直接受け取ってあげられたら良かったのだけどね」
きっとこの子も直接渡したかったはずだ。
最期の言葉があれだものな。
――あれ、ちゃんと、黒鷹に渡しておいて
ただ、私を喜ばせたかったんだろう。
純粋な想いが胸を締め付ける。
ぬくもりの失われた身体。
髪をそっと撫でて、額に、瞼に、頬に、最後に唇に口付けを落とした。……すまないね。
どうしても、何度繰り返しても。
君が死ぬその瞬間に、傍にいるのは辛くて、いてやることができない。
「狂い咲きの桜、か」
最期に見られて良かったかもしれない。
あれは玄冬が好きな花だから。
君にしばしの別れを告げるために咲いてくれたんだろうかね。
「埋めてあげるよ。……あの花の下に」
そして、また永い時を待っていよう。
次の君が私を殺してくれることをひっそりと願いながら。
2004/10/02 up
雪花亭で配布されている
「花帰葬好きさんに22のお題」よりNo18でした。
春告げの鳥での桜の花びらにまつわる話を一度やりたくて書いた話。
- 2013/09/27 (金) 00:29
- 黒玄