作品
ここにいるよ
「黒……鷹」
寝言で玄冬が私の名を呼ぶ。
目元に薄っすらと涙さえ浮かべて。
――どこかに行ったかと思った。
まだこの子が幼い時分。
何か考えていて眠れなくなったらしい夜に、一人でいるのを不安に思ったのか、私を探していたのだけれど、偶然本棚の影にいたのを見つけられなかったらしく、泣きそうな声で私を呼んだ。
出て行って抱き上げてやって、ようやく表情が和らいだのを思い出す。
まるであの頃のようだ。
仕方のない子だね。
こんなに大きくなったのにまるで子どものようだ。
……いや、いつになっても子どもだな。
少なくとも私にとっては。
いつまでも愛しい私の子。
「……ここにいるよ」
触れることは叶わない。
話す事も出来ない。
それでもいつだって、君の傍にいるから。
「……だから、泣かないでくれ」
笑っていたまえよ。
私はその為にあの紐を断ち切らせたのだから。
ねぇ、君は一人じゃないだろう?
――黒鷹。……どこ。どこにいるんだ?
――私はここにいるよ。……おいで、玄冬。
「黒鷹……」
「ここにいるよ」
もう一度、呼ばれて。
抱きしめるように君を包んで。
心なしか和らいだ表情に、もう一度囁いた。
ここにいるよ。
2005/06/25 up
Kfir(閉鎖)で配布されていた「死別の5題」、No5。
相変わらず花に捧ぐ話が暗くなる傾向が。
- 2013/09/29 (日) 01:50
- 黒玄