作品
約束
――これが済んで、次に俺が生まれたら、必ず殺してくれ。
もうあれから何度目かさえ覚えていないのに、その言葉だけは呪縛のように忘れることができないでいる。
傍らで眠る玄冬を起こさないよう、そっと唇に指を伸ばす。
親に子を殺させる約束事を紡いだその唇を。
嫌な約束を交わしたものだ。
それでも私は君との約束だから。
いや、違う。
もしも、もう一つの方法を告げて、それでもなお、殺してくれと言われることを恐れているだけなのかも知れない。
殺してくれなどと言われる前に、殺してしまえば君は言えないから。
その言葉を。
あの言葉を繰り返されるのが嫌だから、繰り返す。
君を殺して、また君が生まれてきたら、育てて、そして殺してしまうことを。
君の命が潰える時を未だに直視することもできないくせに。
――アンタ、あの子可愛がってたんだ。こうなるのわかってて。
何時かの救世主の言葉。
可愛がらずになんて、どうしていられる?
何度繰り返し生まれてきても、この子は私のたった一人の大事な子なのだから。
残酷なことをしているのかも知れないけども、最後の瞬間までせめて、笑う顔を見ていたいから。
自分の存在を重荷に思ってなんて欲しくないから。
……ああ、そうだね。
約束を守るのは君の為じゃない。私の為、だ。
「……黒鷹?」
気遣うような小さな声。
「すまない。起こしてしまったかい?」
「……身体冷えるぞ。何してたんだ」
肩を出して、夜気に晒していたからだろう。
訝しげに玄冬が問いかける。
寒さになんて、私は気付いてなかったけど。
肩に触れてきた玄冬の手はとても温かかった。
「少し考えごとをね」
「冷えてる。考えごとなだけなら肩なんて出しているなよ」
腕を伸ばして、抱いてくれる。
触れた瞬間に零れてしまった声は、私の肌の冷たさからなのだろう。
「……君が冷えるよ」
「くっついてれば、そのうち温かくなる。……長いな」
「うん?」
「今年の冬。……早く暖かくなればいいのに」
今の君は知らない。
冬が続く原因を。
春が来ないその理由を。
だけど、玄冬の言葉に同意は出来ず、ただ抱きしめ返した。
もうじき春は来るんだよ。玄冬。
私以外の全ての場所ではね。
私にとっての春は、君が生まれるその瞬間だから。
そして、君が死んだ時から私の冬が始まる。
長い長い冬を耐えるためのぬくもりをこの身に刻んで、覚えておこう。
優しい笑みと体温を。
――お前にしか頼めないんだ。だから、頼む。黒鷹。
約束は呪縛。
鎖に繋がれた私。
そうして、また約束が守られる。
2004/06/30 up
かつて運営していた『黒玄Webring』で、
配布していたお題の「黒玄好きへの10のお題」よりNo2。
- 2013/10/06 (日) 02:39
- 黒玄