作品
嫉妬と羨望と愛しさと
「……ん…………あ……?」
肌に触れてくる温かい感触に、最初はちびたかかちびくろのどちらかが、
寝ぼけてしがみ付いているのかと夢うつつで思っていた。
だけど、そのうち触れてくる指が感じるところばかりを狙ってくる、もっと馴染んだものなのに気がついて。
目を開けると黒鷹が上に覆いかぶさるようにして俺に触れていた。
その意図するところは明らかだ。
「……何をしている」
「決まってるじゃないか。君を抱こうとしているんだよ。
もう一週間も君に触れていない。」
そういって、顎を捉えられて深く口付けされる。
口の中を探る舌に翻弄されそうになった瞬間、ちびの身体に腕が触れて我に返った。
「んっ……ちょ、ちょっと待て! ちびたちが起きる……っ!」
すぐ横で、二人がぐっすりと眠っているのに、こんなところでしたら絶対に起こしてしまう。
「じゃあ、声を出さないようにしていたまえ」
「お前、何……っ」
いつもなら、起こさないようにと気遣って別の部屋でするのに。
強引にコトを進めようとなんて、今までしたことはなかった。
「これ以上、我慢なんてできない。……気付いてなかったのかい?
今までは3日以上空けたことだってなかったんだよ? もう待てないね」
「……っ!?」
首筋に唇を落とされながら告げられた言葉に、初めてそのことに気がついた。
ここ数日ずっとばたばたと忙しくて疲れてしまい、抱き合うことはしていなかったのは覚えている。
でも、言われてみれば、確かにセックスする日にちをあまり空けた事なんてなかった。
二人で触れ合うことを覚えてから、ずっと。
そんなことを自覚すると、指で触れられた部分の肌から、ぞくりと忘れかけていた性感が広がっていく。
「ほら。君だって、もうこんなにしてる」
「馬鹿、お前がそんなこと言うか……っんんっ!」
黒鷹の声からも余裕がないのが伺える。
下肢の方に手を伸ばされて、早くも反応してしまったモノに触れられて。
軽く扱かれる感触に身体が跳ねた。
まずい、と思うのに触れている手をよける気にもならない。
触れられていたいと思うのもまた本当だからだ。久しぶりだと意識すると、ひどく感覚が鋭くなった気さえして、益々触れてほしい衝動は高まる。
ここではいけない、とそう思うのに。
「……や……黒……た……あっ…………!」
「声。あげたら起きてしまうよ?」
「くっ…………!」
起こしてはまずいと思うのが、返って興奮を高めてしまうのか、耳に落ちた黒鷹のその囁きに身体が疼く。
幹に触れていた手が、さらに下に滑り落ちて入り口に触られて、
黒鷹が中に入ってるときの事を連動的に思い浮かべてしまい、叫びそうになるのを唇を噛んで押し殺す。
「玄冬……」
「ん…………」
太股に手が添えられて、足を開かれようとしたそのときに、ふいに腕に温かいぬくもりが触れた。
「……っ!?」
「あ…………?」
「……あー、あー」
ちびたかが酷く眠そうな目をして、でも懸命に目を開けて黒鷹を睨んでいた。
俺の腕にしがみ付いた状態で。
「……なんだい。私の邪魔をするつもりかい」
「あー……うー」
まるでそうだといわんばかりの返事に聞こえる。
黒鷹の目が据わっている。
……まずい。
これはかなり、本気で腹を立てているときだ。
俺だって男だし、快感がそれなりのところまで上り詰めているときに、水を差されることに腹が立つのはわかるけど。
それでも、今このまま続けてるわけにはいかない。
そっと黒鷹の肩を押しやる。
「よそう、黒鷹」
「玄冬」
「このままなら、きっとちびくろまで起きる。
……せめて寝かしつけてからでないと」
「……ほう。君はちびたちを優先させるわけだ」
「……黒鷹」
「いいよ。……気が削がれた。おやすみ」
明らかに拗ねた口調で、背を俺の方に向けて横になってしまった。
「あー……」
「ん、ああ。……寝ようか」
ちびが腕にしがみついたままで、俺を呼ぶような声を出して。
俺も横になって、ちびの頭を軽く撫でてやると、微かに表情が和んでまたうとうとし始めた。
ややあって、ちびが小さな寝息を立て始める。
力の抜けた腕をそっと剥がして、ちびが目を覚まさないのを確認してから、黒鷹の方に向いた。
相変わらず、向けられた背から伝わる気配が怒っている。
それがどうにも拒絶されてしまってるようで、無性に寂しくなる。
「黒鷹。……黒鷹。まだ起きているんだろう」
「…………なんだい」
小声で黒鷹に話しかけると返事だけは返したが、相変わらず背中はこちらに向けたまま。
本当にどっちが子どもなんだか、わからない。
「いい加減、機嫌直せ。仕方ないだろう。起こすのもまずいし、
その……子どもの前ですることだって、まだ何をしてるかわからないのだとしても、さすがに抵抗あるし、それに、子どもに見せるのは性的虐待にもなるんだぞ」
「……わかっているよ」
わかっている、と言いつつも声に刺が含まれている。
絶対、納得なんかしていない。
……くそ。途中で中断されて落ち着かないのはこっちだって一緒なのに。
「……黒鷹」
つい咎めるような口調になると、軽く息をつく音が聞こえた。
「……いや。本当にわかってはいるんだよ。
ただ、君がちびたちに構いすぎるのが面白くないだけだ。
よく、世間一般で妻が母になると変わってしまうとは聞くけどね。
君もそうなってしまうんだなぁと思うと、ね」
まるで、自分だけが傷ついているような言い方に、腹が立つより悲しくなった。
変わってないとはいわない。
家族が増えたら、接し方や時間の使い方が変わるのは当然のことだ。
だけど、それはお互い様なのに。
それに。
言うまいとも思っていたけど。
「…………ちびたちに嫉妬してるのが、自分だけだと思うのか、お前」
「……玄……冬?」
黒鷹がようやく、こちらを振り返って寝台の上に身体を起こす。
俺も同じように身体を起こして、そっと黒鷹の肩に頭を預けた。
あまり、今の顔を見られたくなかったから。
「お前だって……ちびくろを見ては、『懐かしいなぁ』だの、『あの頃は凄く可愛かったなぁ』だの。
昔はよかった、みたいなことばかり言って、猫かわいがりしてるじゃないか。
だったら、今の俺は何だろうって思うに決まってるだろう」
「玄…………」
今の自分を見ていないのではないかと、悲しい。
そんなわけはないと、どこかでわかってもいる。
それでも時々無性に不安になる。
黒鷹にとって、特別なのが自分だけではなくなってしまうような気がして。
子どもじみた独占欲だと、自分でも思う。
ちびたちだって、特別ではあるけれど、どこかで一緒ではありたくないと思ってしまうのだ。
ちびたちは俺たち二人で育ててるけど、俺は黒鷹だけに育てられたから、というのもあるんだろうか?
同じ黒鷹の子どもには違いなくても、同じようには見て欲しくない。
「……まいったなぁ。
そんな言葉を君の口から聞くとは思わなかったよ。
もうこれ以上怒れないじゃないか」
黒鷹の手が、頭を優しく撫でる感触が伝わる。
「君だって、同じように育ててきたんだけどね」
「…………」
「それでも、ちびたちと君はまた別だよ?」
「……わかって、いる」
「さっきの私と同じような言葉だ」
「う……」
顔を上げると、黒鷹が笑って顔を寄せてきて。
誘われるままに、口付けを交わした。
柔らかい温もりが心地よい。
一旦気がついてしまうとよくわかる。
こうして、黒鷹に触れたかったということが。
「うーん、やっぱりこのまま眠れそうにはないな。
……抱いても、いいかい?」
「向こうの部屋で、なら。ちびたちもさすがにしばらくは起きないだろうし……それに……その……」
数え切れないほど、抱き合っていても自分からそれをして欲しいと口にするのはどうも苦手だ。
続きを言い澱んだところに、笑う気配がして、額がこつんと合わされた。
「いいよ、もう。わかったから。……行こうか」
「ん……」
細かく言わずとも、事情を察してくれる黒鷹に甘える。
ちびたちを起こさないように寝台からそっと降りて、黒鷹に手を引かれ、部屋を後にした。
***
「……っつ……ん…………」
黒鷹が俺の中で軽く突き上げるたびに、身体を繋げた場所から悦楽が押し寄せてくる。
数日振りの肌の感触はしばらく意識から追いやっていた情欲を引き出させて、身体がいつもよりも敏感になっている自覚があった。
言われるまで意識はしていなかったのに、一度触れ始めると、たまらないほどに黒鷹が欲しかった。
自分で気がついてなかっただけで、ずっと黒鷹を求めていたのかもしれない。
「……もう少し声を出してくれると、私としては嬉しいんだけどね」
「……馬鹿……っ。あいつらが起きる、だろっ……」
「まぁ、それもそうだね」
黒鷹の手がそっと肩を撫でてきた。
「君もあんなちっちゃいときがあったんだよねぇ。
あの頃はこうして抱くことになるとは思わなかったよ」
「まさ……か……と思う……が」
「うん?」
「……ちびが成長したら、抱いてみたいなん……っつ!!あっ!!」
唐突に深いところを強く抉られて、声が抑えきれなくなった。
「……いくらなんでも怒るよ。それは。
似ていたって、君とちびは別だろう?」
黒鷹の目が鋭く射抜く。
繋がった場所の脈動が全身に広がるような感覚に身体の震えが収まらない。
「やっ……あ……!」
「君だから、こうして抱いてるんだよ。
他の誰かじゃ意味がないし、抱きたいとも思わない。
ちびたちに感じる愛しさと君に感じる愛しさとじゃ、根本的に種類が違うことぐらいわからないかい?」
「……っつ……ごめ…………あっ! ちょ……強……っ」
「そんなことをいう子にはおしおきだよ」
「ひ……あっ」
抱き合ってる身体の間に手が差し入れられて、自分のモノに触れられた。
根元はきつく押さえてるのに、指先で刺激は続けるから、どんどん追いつめられていく。
「まったく……冷静かと思えば、君は時々とんでもないことをいうね。
……いつからそんなに嫉妬深くなったね?」
「っ……嫉妬深いのは、養い親似……だ……っ!」
「ほう、言ってくれるじゃないか」
「やっあっ!! やめ……! 黒た……!」
加減もなしに身体を揺さぶられて、全身を巡る悦楽に流されそうになる。
「……ちょ……手、離せ……っ!」
「……嫌だと言ったら?」
「黒た……か……っ!」
涼しげな顔をしている黒鷹の顔を捉えて、強引に口付けた。
いつもされるように、舌を絡ませて、歯列を合わせて、口の中の粘膜を刺激する。
溢れそうな興奮を少しでも逃そうとするかのように。
少しでも余裕を崩してやりたかった。
数日触れてなくて、耐えられなくなったのは黒鷹だったはずなのに、今は俺の方が翻弄されている。
「君から、そんな情熱的な口付けをしてくれるなんてね。
珍しいことをするじゃないか。
……じゃあ、それに免じてイかせてあげようかな」
「んっ……く……っ!! うあ……!」
根元を押さえていた手を離して、強い律動が始まる。
まずい、と思ったところで意識が落ちた。
***
「……やっぱり、さすがにこたえたかな」
朝、私が目を覚ましたのも少しいつもより遅かったが、玄冬はまだ、起きる気配さえなかった。
数日分を取り戻そうとするあまりに、少し激しく求めすぎてしまったようだ。
寝顔に疲れの色が浮かんでいる。
無理させてしまってすまないね。
「あー…………」
寝ている玄冬に手を伸ばそうとした、ちびたかをそっと留めた。
「だめだよ。もう少し寝かせておいてあげなさい。
私が構ってあげるから」
「……んー……あー……」
「よしよし、いい子だ」
不満げな声を出しつつも、ちびたかが私の差し出した腕に捕まり、抱かれる形になった。
いつも、この子もこんなに素直だと可愛いんだけどなぁ。
まぁ、玄冬とちびくろを奪いあうライバルだから仕方ないけどね。
左腕には先に抱いていた、ちびくろ。
右腕にちびたかを抱いて、キッチンに向かう。
「さて。じゃあ先にご飯にしようか。
あまりキッチンを散らかしたら、後で怒られるかな」
それでも起きたときの玄冬の反応がちょっとだけ楽しみだ。
まずは、ちびたちにはミルクを。
自分には紅茶を淹れよう。
さぁ、今日はどんな一日になるかね?
2004/12/26 up ※後に、個人誌にも収録
- 2008/06/01 (日) 00:00
- 年齢制限有