作品
愛を呟く場所
「あー……あー」
「まいったな。そろそろ眠くなるはずなのに」
ちびたかを寝かしつけようと一緒に横になったものの、ちびは目が冴えているのか、中々眠ろうとはせず。
俺の頭を支えに起き上がろうとさえしている。
「あー」
「ん……こら、ちび。耳をかじるな」
よろりと身体を傾けたちびたかが俺の頭に覆いかぶさる形になり。
ちょうど口元に俺の耳があるらしく、かじってきた。
かじる、とは言っても歯の生えていないちびの口では挟むという方が表現としては近いのかも知れない。
傷みはない、が。
どうにも甘噛みされているような感覚で、些か妙な気分になる。
「んー」
「や……こら……っ」
気になるのか、変に耳を噛むことに執着している。
いや、噛んでいるだけならまだしも、引っ張るようにしたり、舌まで這うような状態になってきて、甘い刺激が走る。
……これでは、まるで愛撫されているかのようだ。
引き離さなければと思う一方で、何か逆らえない気分だ。
「っつ……やめ……ちび…………」
「こーら。ちびたか。何をしてるんだい」
「んー!」
「あ……」
何時の間に来ていたのか、黒鷹がゆっくりとちびたかを俺から引き剥がして抱き上げた。
耳から離れたぬくもりにほっと息をつく。
ちびたかはおもちゃを取り上げられたような感覚なのか、随分と不満そうな声を上げている。
「まったく……君もなんでそのままにさせておくんだい」
「いや、その」
「……顔が赤いよ。まさか感じたとか言わないだろうね?」
「っ…………!」
黒鷹の口調はあくまでもおどけた調子ではあるけど。
黄金色の目は全く笑っていない。
そして俺はと言えば、図星とも言えなくもない言葉に返答が出来なかった。
「……玄冬。後でゆっくり話を聞かせて貰えるかね?」
「あ、いや、その。ちびだってわざとやってたわけじゃ……」
「わざとなら、『後で』どころか今すぐ話を聞かせて貰っていた所だよ」
笑わない目のままで、黒鷹が俺の耳元に口を寄せて囁く。
「じっくり聞かせて貰おう。言わないつもりなら、君の身体に直接ね」
「……んっ……」
ちびたかの舌が這った跡を消すかのように、耳を辿っていく黒鷹の舌に確実に嫌な予感がした。
***
「……で? ちびを止めなかった理由を聞かせて貰おうじゃないか」
「……あっ、や……!」
執拗なまでに耳に絡みつく舌と、落とされる低い囁き。
ちびたちが寝入った後に黒鷹に誘われて、有無を言わせない雰囲気に断ることも出来ず、応じたら、ひたすら耳ばかりを刺激される。
他の場所にも触れて欲しいのに、一切触れようという仕草さえ見せない。
ただ、耳だけに執着している。
ご丁寧に俺を動けないようにしっかりと手首を拘束した状態で、だ。
緩い刺激がもどかしい。
絶対解らないはずもないのに、訴える視線はさらりと受け流される。
「そんなに感じたかい?」
「んっ…………!」
「ちびを手離すのを躊躇う程に?」
「く……!」
耳の奥に入り込む舌。
大きく聞こえる水音が興奮を煽るのに。
「躊躇って、なん……か……!」
「……正直に言いたまえよ」
「ひぁ…………っ!」
耳朶に軽く歯が当てられ、甘い疼きがそこに走る。
だけど、物足りない。
もっと強い刺激が欲しい。かえって辛い。
「私以外で感じることは許さない」
「黒……っ!」
「ほら……言いなさい。君は今どうされたい?」
「ふ…………!」
指一本で耳から首筋、鎖骨、肩、胸肌と順に下へと辿っていく。
なのに、臍まで来た指はそこからするりと逸れて、内股へとのばされる。
その瞬間、俺はどんな顔をしていたんだろう。
明らかに黒鷹が笑った。愉快そうに。
「……触れて欲しいかね?」
「…………う……」
「何も言わないなら、ずっとそのままだよ?」
「っく……!」
すぐ近いところまでは指は触れてくれるのに、肝心なところは避ける。
結局、俺が焦れて折れた。
「……黒た…………さわ……て……」
「どこを?」
「わかる、だろ……!」
「……わからないな」
「…………っ。こ、の嘘吐……きっ……!」
抗議の声は忍び笑いで返された。
「玄冬。知っているだろう? 君の方こそ」
「黒……た……かっ…………!」
指だけでなく、唇も肌に這わせ始めて。
だけど、相変わらず一番触れて欲しいところには触れず。
「私がそうやって言っている時には、何を望んでいるか。
君が求める声を聞きたいんだよ」
「……耳。貸せ……っ!」
「うん?」
黒鷹が俺の口元に耳を近づけて。
その耳にこっそり呟きを落とすと、ようやくここに来て、黒鷹の目が和らいだ。
「最初からそう素直になっていればいいのに」
「や! ……あ……っ……!」
片方の掌でそっと屹立したモノを擦られて、もう一方の手は後ろにのばし、入り口の周囲を指で撫でていく。
焦がれた刺激に確実に追い詰められていく。
身を委ねると、そのまま達してしまいそうなくらいに。
「ふ……! ちょ……まず…………!」
「達してしまって構わないよ。後でもう一度イかせてあげるから」
「あう!」
一際強く扱かれたのを引き金に、抑え切れなかった衝動を迸らせた。
黒鷹の手の中に。
そのぬるついた手で後ろの方に触れる。
精液を潤滑剤代わりにして、中に指が忍ばされて。
指を動く都度に立てられる水音と、指の腹で与えられる刺激に興奮の波の落ちきっていない状態の身体は、いとも容易く反応を返す。
何かに縋っていないと崩れ落ちそうなのに、縛られた手首ではそれもかなわない。
「ん……っ…………ふ……!」
「……強いかい?」
「少し、な……でも……へ……いきだ……」
「挿れてしまっても?」
「ん…………」
指が抜かれて、その場所に熱を持った固いモノが当たる。
一度額に口付けを落とされて、ゆっくり黒鷹が入ってきた。
「っ……ん……」
「……もっと奥に挿れるよ?」
「ああ…………っあ!」
脚を抱えられて、腰を押し付けられ、黒鷹をより深いところで感じる。
根元まで突き入れると黒鷹が俺の耳に優しく口付けを落とし、ついで、軽く歯をたてた。
甘い刺激が繋がったところの脈動と相まって、身体が疼いた。
指でそっと耳の形を確かめるように触れる感触が気持ち良い。
「……ん……」
「ちびがおもちゃのような感覚で君の耳を噛んでたのはわかるんだけどね。
……私も昔、君にやられたことがあったから。
小さい子は何でも口に入れたがるし」
「…………え……?」
「でも、あんな甘い声を出されてるのを聞いてしまったら、嫉妬せずにはいられないさ」
「そんな……声出してたか」
「ああ。自覚なかったかい?」
「っ……あ!」
唐突に強く突かれて、背が仰け反った。
黒鷹に触りたい。抱きつきたい。
感覚を逃せなくて、壊れそうだ。
「黒……鷹……っ。頼……むから……手首、ほど……て……っ!」
「そのまま、終わるのは嫌かい?」
「……触りた……い……っ!」
「……仕方のない子だね」
まるで子どもに言うように、笑って呟いて。
手首の拘束を解いてくれた。
自由の利くようになった途端、黒鷹の身体を抱きしめる。
伝わる温もりは興奮もするけど、安らぐのも確かだ。
「そのまま、しがみ付いていなさい。そろそろ抑えきれなくなってきた」
「ん…………くっ……あうっ…………!」
低く、艶を帯びた囁きの後に強くなる律動。
まともな言葉が返せず、ただ黒鷹の動きに翻弄されていく。
耳元で小さく名前を呼ばれて、限界が来た。
「…………っ!」
黒鷹が小さく呻いた声と中で感じる熱。
どうしようもなく、愛しいと思える瞬間。
少しだけ首を傾けて、黒鷹の耳にキスをしたら、黒鷹も同じように返してくる。
耳に響く口付けの音が幸せだな、と思いながら目を閉じた。
***
「……耳はね、色んな音や声を拾うだろう?」
「ああ、そういう器官だからな」
二人で横になっていると、不意に黒鷹が俺の耳に指で触れながらそんなことを言った。
「それこそ、最中の水音とか甘い声とか」
「……頼むから、しれっとした顔でそういうことを言うのはやめろ。
聞いている方がいたたまれない」
行為の後ならなおさらだ。
つい少し前までの事を思い出すなという方が難しい。
「ははは、まあ真面目な話ではあるんだけどね。
そう、他にもね。……玄冬」
「うん?」
「……好きだよ。私の愛しい子」
「……っ!」
耳元でそっと落ちた囁きに、忽ち顔が赤くなる。
「ね? こういう言葉だって拾うだろう?
……だからね、そんな場所を私以外に感じさせることになるというのは、嫌なんだよ」
――ここは愛を呟く場所なんだから。
一層潜めた声に、わかったという答えの変わりに強く抱きしめ返した。
嫉妬深い養い親を持つと苦労するなと思いながら。
2005/03/03 up
- 2008/01/01 (火) 00:06
- 年齢制限有