作品
優しい嘘をついて
「ねぇ、くろ。明日ってエイプリルフールなんでしょう?」
「うん、くろたかが前に言ってたよね、嘘をついてもいい日なんだって」
「だからさ、耳貸して。明日ね……」
「うん?」
ちびたかがちびくろの耳元で小さく呟いた言葉を聞いた途端に、ちびくろが笑顔になる。
「わぁ、それ面白そう!」
「でしょ? 言ったらどんな顔するかな?」
ちび二人がそんな相談をしていたのは、エイプリルフール前日のことだった。
***
「うん? どうしたんだい? 二人とも」
くろとが台所で食器を洗ってる時に、たーと二人でソファに座って本を読んでるくろたかのところに行った。
二人でくろたかの膝にそれぞれ乗って、たーと顔を見合わせてくろたかに話しかける。
「ねぇ、くろたか。俺たちのこと好き?」
「? どうしたんだい? 急に。当たり前じゃないか」
「ふーん。でも、俺たちはくろたか嫌いだよ」
「……ほう?」
「ねー。くろとの方がずっと好き!」
「ご飯美味しいし、優しいもん」
「くろたか、時々意地悪だよね」
「おやおや……参ったな」
くろたかが本を閉じて、机に置いて、目元を手で押さえる。
……あれれ、思っていたのと違う。
くろたかならそろそろ、「そんなことないだろう?」とか笑っていうと思っていたのに。
たーもびっくりしたように、俺を見てる。
「……残念だな、私は君たちが大好きだけどね。……嫌いじゃ仕方ないな」
寂しそうに言われた言葉に慌てた。
まさか、ホントに泣いてる!?
「や……ごめんなさい! 違うの! 嘘だから! 嫌いじゃないよ! ホントに、ホントに好きだよ!」
「くろとと同じくらい大好き! だから泣かないで」
どうしよう。
くろたかだったら、絶対嘘だってわかってると思ってたのに。
「……ふふふ」
「くろ……たか?」
目元を押さえていた手がよけられた。
泣いてなかった。それどころか笑ってる。
「ははははは! 私を騙そうなんて100年早いよ、君たち!」
「……あー!!」
「ずるい! 嘘泣き!?」
やっとわかった。
くろたかは最初から知ってたんだ、嘘だって。
「今日は嘘をついてもいい日だよ? 嘘泣きだって当然ありじゃないか」
「ひどいよー! ホントに泣いたかと思って焦ったのにー!」
やられた。
くろたかの驚く顔が見たかったのに、驚いたのはこっちだった。
くろたかは俺とたーを両腕で抱いて、楽しそうに笑った。
「あはははは。さて、ちびさんたち。さっきの言葉をもう一回言ってくれるかい?
ホントは? 玄冬と同じくらいに何だって?」
「~~~~知らない!!」
たーと二人でそっぽを向いたけど、くろたかは笑ったまんまだった。
***
「……どこまで大人げないんだ、お前は……!」
「そんなしみじみと言わないでくれるかい。
本当に大人げないみたいじゃないか」
「事実だろう」
夜も更けた頃に、黒鷹からちびたちとの話の顛末を聞いた。
が、呆れる他に何があるというのか。
「ちびたちも可哀想にな。精一杯考えた嘘だっただろうに」
「そういえば、君は何も言われなかったのかい?」
「ああ」
「……不公平だね」
「日頃の行いの問題だろう」
「悔しいなぁ」
「悔しい思いをしたのはあいつらだと思うぞ」
「だって、聞きたくないじゃないか。
嘘だとわかっていても嫌いだ、なんて言葉」
「……あ?」
黒鷹が俺の肩を後ろから抱く。
言葉に何か、引っ掛かるものがあった。
――わかってたって、聞きたくない。嫌いだなんて、嫌だ。俺には黒鷹しかいないのに。
「……まさか、お前、あれを覚えて……?」
「あの言葉は……言ってしまったことを後悔したからね」
黒鷹の声には真面目な響きが篭められている。
あれはいくつの時だっただろうか。
やっぱりエイプリルフールで、黒鷹が言ったのだ。
『本当は、君なんて好きじゃないよ』って。
その直ぐ前にエイプリルフールは嘘をついてもいい日なんだって言ってたのに、黒鷹の言ってることは嘘だってわかっていたのに、どうしようもなく哀しくて。
つい嫌だと言って泣き出してしまった俺を、黒鷹は抱きしめて謝ってくれた。
「やっぱり、今回もちびたちの言ってることが嘘なのぐらい直ぐにわかったんだけどね。
嫌いって言われるのは、予想以上に哀しい言葉なんだなぁと。
すまなかったね、あの時は」
「謝らなくたっていい。もうわかってる」
まわされた黒鷹の腕にそっと自分の手も重ねる。
そうだ、あれからこいつは決して言わなくなったんだ。
冗談でも嫌いだなんて言葉を。
そしてやっぱり俺も言わない。
自分で言われるのが嫌なことは、人にも言ってはいけないのだと教えてくれたのも黒鷹だ。
嘘をついていい日だと言っても、言って良い事と悪い事がある。
……言われるのが嫌な嘘だってある。
「玄冬」
「うん?」
「……愛してるよ」
「黒……」
「それが嘘だと言ったら、どうするね?」
「……もう、日付は変わっているな」
嘘をついても許される日は終わっている。黒鷹が後ろで笑う気配がした。
「大丈夫だよ。嘘なんかじゃないから」
「だろうと、思った」
「なんだい。ちょっとは慌ててくれたっていいじゃないか」
「無理だ」
もう、嫌というほど知っている。
どれだけ黒鷹が俺を想ってくれているのかを。
今更そんなことを言われたって騙されようはずもない。
触れる体温も、優しい声も、甘い囁きも。
全て真実なのを知っている。
「まったく。張り合いがないというか、何と言うか……参ったね」
「散々思い知らされてるからな。とっくに」
後ろから耳に落とされたキスがくすぐったい。
身体を捩ると顎を捉えられて、唇が重ねられた。
「ああ、だからそのまま言うよ。偽らずにね。今すぐ、君を抱きたい」
「……嫌だって言ったらどうする?」
「どうもしないさ。君が言うわけないからね」
黒鷹が腕を外して、正面から俺を抱き寄せた。
「言うつもりも無い癖にそんなことを言うなんて。いけない子だね」
「昨日、何も嘘をつかなかったんだから、このくらいはいいだろう」
「……いいよ、そのくらいは許してあげようじゃないか」
もう一度重ねようと近づけられた唇には微笑って応じた。
***
嘘をつくなら、優しい嘘を。
2005/04/01 up
過去話はこちら。
書いた直後に過去話思いついて、結局両方エイプリルフールのうちにup。
- 2008/01/01 (火) 00:09
- 年齢制限無