作品
想い出の嘘の苦さ
ずっと嘘をつくことに躊躇いなんて覚えたことはなかった。
必要があれば幾らでも誤魔化したし、偽った。
なのに、あの子が泣いた時。
初めて嘘をついたことに動揺した。
「本当は、君なんて好きじゃないよ」
私はそれを笑っていった。
その言葉の前に、今日はエイプリルフールで嘘をついても許される日なんだよ、と告げていたから、わかるだろうと。
深く考えもせずに幼い玄冬にそう言ったのだ。
そうしたら、あの子はたちまち目に涙を浮かべて泣き出してしまったものだから慌てた。
「どうしたんだい? 嘘だよ?
さっき、嘘をついても許される日なんだと言っただろう?」
「……わかって……る」
「わかってるなら、どうして」
「わかってたって、嫌だ」
「玄冬」
「わかってたって、聞きたくない。
嫌いだなんて、嫌だ。
俺には黒鷹しかいないのに。
黒鷹に……そんなこと言われたらどうすればいい?」
哀しそうな顔で泣き続ける玄冬に胸が痛んだ。
言ってはいけないことを言ってしまったと思ったところで遅い。
後悔しながら、抱き上げて宥めた。
「すまない。……ごめんよ。嫌いなんかじゃない。
大好きだよ……二度と言ったりしないから」
「…………っ」
首に回された腕に強く力が篭められて、大きくなった嗚咽と震えた小さな身体。
あれ以来、冗談でも『嫌い』だという言葉は絶対に言うまいと決めた。
***
「懐かしいね。……もう何年経つのかな、あれから」
あの時、小さかった玄冬はもう私よりも背が伸びて。
今は私の腕の中で安らかな寝息を立てて眠りに落ちている。
きっと今なら、冗談で『嫌い』と言っても、苦笑いするだけで泣きはしないだろうけど、相変わらずその言葉はいう気にはなれなかった。
その代わりに、その逆の言葉は幾度も幾度も繰り返し言った。
これからもいい続けるだろう。
「……大好きだよ、玄冬」
誰より、何より愛しい子。
きっと何があってもこの先も『嫌い』だとは言えないだろう。
君を嫌いになれるはずがないのだから。
2005/04/01 up
黒玄メールマガジン(携帯版)エイプリルフール増刊号配信分から。
優しい嘘をついての過去話。
ちびたち出てないから、通常の方に置くか迷いましたが、こちらに。
- 2008/01/01 (火) 00:20
- 年齢制限無