作品
赤の夢と黒の夢
「玄冬。……いいかい?」
ちびたちが寝静まってから二人で部屋に移動し、ベッドに入ると黒鷹が俺の髪を撫でながらそう尋ねてきた。
「…………ん」
嫌なわけはない。
どちらかというと触れたい気分だった。
だけどそれをそのまま口にしてしまうのにはどうにも抵抗があって、返事は小さく返す。
黒鷹が優しく笑って頬に手を添えてきたから、目を閉じて口付けを待つと、ごく小さな音だけど、扉を叩く音が確かに聞こえた。
……ちび、どちらか……おそらくちびたかの方だろう。
あいつは眠れないといって、俺たちのベッドに転がり込んでくることが時々ある。
黒鷹と顔を見合わせ、ベッドから降りて部屋の入り口まで行き、少しだけ残念な気分で扉を開けた。
そこにいたのはちびくろの方だった。
どうしたんだろう。今にも泣き出しそうな顔をしてる。
「どうした? 眠れないのか?」
「……くろと……くろたか……二人ともいるよね?」
「ああ、どうしたね?」
黒鷹も俺の隣に立ち、ちびを見下ろす。
俺たち2人を交互に見たと思ったら、目に涙を浮かべて、黒鷹と俺の足に腕を巻きつけるようにしてしがみついてきた。
「……ちび?」
「良かった……!」
「どうしたんだい? ……嫌な夢でも見たかい?」
黒鷹がそっとちびの頭を撫でてやると、声が震え始めた。
「……くろとが……血をいっぱい流して……倒れてた……くろたか、くろとを抱いて……泣いて……っ…………」
「…………!」
それが何を意味するか。
実際に有り得ないことではない。
黒鷹を見ると表情を少し強張らせていて、それでも、次の瞬間にはまたいつもの表情に戻り、ちびを抱き上げて宥めた。
「安心しなさい。玄冬も私もここにいるから。
よしよし、嫌な夢だったね」
「ああ。夢は夢だ。……大丈夫だから」
「っ…………」
俺も黒鷹と同じように何でもない様子を装って、安心させるようにちびの背中を軽く叩くと、そこで緊張の糸が切れたのか、見開いた目から涙が次々落ちていく。
夢とはいえどんなに怖かっただろうか。
「今日はこのまま、私たちと一緒に寝るかい?」
黒鷹がそう問うと、ちびがこくりと頷く。
仕方無い、な。
ちびくろがこんな風になるのは滅多に無いから、そんなときくらいは思う存分に甘えさせてやろう。
***
「すー……」
しばらく三人で色んな話をしていたら、いつの間にかちびくろの声が寝息に変わっていた。
安らいだ顔にほっとする。
きっと今は嫌な夢は見ていない。
小さい手は黒鷹と俺の服を掴んではいたけれど。
「……やっと眠れたみたいだね」
小声で黒鷹が呟く。やっぱり表情がほっとしたように和らいでいる。
「安心したんだろうな。
明日、ちびたかが起きたら色々と五月蝿く言ってくるかもしれない」
「あの子はやきもちやきだからねぇ。
ちびくろだけ私たちと一緒に寝るなんて、ずるいといいそうだな。
眠れないといって、私たちのところに来て、一緒に眠るのはあの子の方がずっと多いんだけれどね」
「ああ」
ちびを起こさないよう、その額にキスを落とす。
眠っているはずなのに、僅かに笑った口元。
可愛くてたまらない。ちびくろもちびたかも。
でも。……こんな時間は何時まで続いてくれるんだろうか。
さっきのちびの話した夢の内容。
あれは近い未来にでも起こるかも知れない光景だ。
「……予知夢かな」
その可能性は十分に考えられる。
俺は黒鷹もちびたちも死なせるつもりはない。
「……させないよ」
「……黒鷹」
声に出した自覚はなかった。
だけど呟いてしまっていただろうか。
黒鷹の目が真剣さを帯びて、俺の方に向けられている。
「君も、ちびたちも。死なせたりなんかしない」
「だが……」
「玄冬。私は親よりも先に死ぬような親不孝者に君を育てたつもりはないよ?」
俺の頬に黒鷹が手を伸ばして触れてきた。
幾度となく触れてくれた手。
頬だけではなく、身体中に。その手は何時だって優しい触れ方をする。
「黒鷹」
「予知夢なんかじゃない」
「……ああ。そうでないことを祈る」
頬に添えられた黒鷹の手に自分の手も重ねる。
俺だってこうやって触れて、皆で笑っていられる時間を手放したくなんて無い。
「『祈る』じゃないよ。……夢は夢でしかない」
黒鷹が俺の手を自分の方に引き寄せて、指先に口付けを落とす。
間にちびが眠っているのに。それを思うと少し照れる。
「……このまま、手を繋いで眠ろうか」
「…………ん……」
微笑んだ黒鷹に俺も微笑って、指を絡めあって。
指先で黒鷹の体温を感じながら目を閉じる。
時が来るのが少しでも遅くなればいい。
夢は夢でしかないと、黒鷹は言ったけど、有り得ないことではないから。
だから、せめて祈る。
この時間が出来るだけ続いてくれることを。
2005/03/30 up ※後に、個人誌にも収録
- 2008/01/01 (火) 00:22
- 年齢制限無