作品
Buona notte...
コン……コン……。
ある昼下がり。
私が自室で本を読んでいたら、不意に何かを打つような音が聞こえてきた。
無視するには大きく、間髪を空けずに響く音はさすがに気になり、本を一旦閉じ、部屋の外に出て、音の鳴る方向を確認する。
あれはちびたちの部屋からだ。
一体何をやっているのやら。
確認しようと、部屋に出向き、扉をノックして開けた途端、目に入ったのはちびたちではなく、玄冬だった。
片手には木材、もう一方の手には金槌と釘。
先程からの音は、どうやら釘を打つ音だったようだ。
「……何を作っているんだい?」
「ん? ああ、来てたのか。ちょっと、二段ベッドを作ろうと思って」
「ほう?」
「ほら、ちびたちも大分大きくなってきただろう?
そろそろ一つのベッドに二人で眠るのも窮屈なんじゃないかと思ってな。作業するならちびたちが外に遊びに行ってる間にしようと」
「なるほどね」
確かに。
ちびたちの寝ているベッドはかつて玄冬が使っていたもので、一人用のベッドではある。
幼い今ならまだ二人で寝ることが出来ても、そろそろ厳しくはなるだろう。
見れば、既に枠組みは大まかに出来上がっている。
玄冬の腕ならおそらく夜には出来上がっているはずだ。考えたね。
「きっと二人とも喜ぶよ」
「……だといいがな」
「じゃあ、君は作業に集中してるといい。
晩御飯は私が作ろう。スープくらいならやれるからね」
夕食の支度をする時間を気にせずにやって貰おうとそう申し出たのだが、
返って来たのは不信感を露にした視線。
「……ちょっと待て。本当に大丈夫か?」
「信用が無いね」
「あったら、最初から聞かない」
「ひどいなぁ。これでも君をそこまで育てたのは私なのに」
「お前が昔、俺の誕生日にケーキのようで何かわけのわからないものとか、サラダだかなんだか知らないが、見た目から危険なものを作った前歴があるからだ!」
玄冬は苦い顔で溜息をつくと、諦めたように呟いた。
「……やってみてもいいが、出来上がりの状態によっては素直に里に下りて、出来合いのものでも買って来い。
ちびたちに変なものを食わせるよりはましだ」
「変なもの……」
「俺と違って、ちびたちは普通の人間なんだからな」
「わかったよ、言い換えよう。夕食は私が買ってきて用意するから、君はベッド作りの作業に専念していたまえ」
「ならいい。頼む」
今度はいともあっさり了承の言葉。
複雑な気分になったが、それにあえて何かをいうのはやめた。
***
「凄い! これくろと作ったの!?」
夕方になって、ちびたちが外から帰ってきて。
夕飯の前に出来上がったベッドを見て、案の定歓喜の声を上げた。
二人でベッドに乗って、目を輝かせながら隅々まで見て回っている。
作った玄冬もその様子を見て嬉しそうだ。
「ああ、二人とも大きくなってきたからな。
そろそろ一つのベッドで寝るのは狭いかと思って」
「俺、寝るのは上がいい! くろ、いい?」
「いいよ。じゃ、俺が下ね。……あ」
何か考えこんだようすのちびくろに促してやる。
この子は時々言おうとする言葉を引っ込めてしまうから。
「うん? どうかしたかい? ちびくろ。君は下で本当にいいのかね?」
「あ……うん。それはいいんだけど。……ねぇ、くろと。
くろとは俺たちが大きくなったからこうやってベッド作ってくれたんだよね?」
「ああ……それがどうかしたのか?」
「でも、くろたかとくろとは大きいけど、一緒のベッドで寝てるなぁって思って……どうして?」
「あ! そういえばそうだね! くろととくろたかは一緒に寝てるよね!」
玄冬の表情が明らかに凍り付いて、二の句が告げないでいる。
ちびが言うとおり、私たちは同じベッドで寝ている。
元々私のベッドは広く作ってあったし、どのみち、同じ部屋で生活するなら、もう一つ置く必要はない。
が、それについての詳細な事情をちびたちが知るわけもなく。
私はと言えば、その様子が無性に可笑しくてつい笑い出してしまっていた。
「あっはっは! それは私たちが物凄く、物凄く! 仲がいいからだ!!」
「俺たちだって、仲がいいよ?」
「うん、別に悪くなんてないよね?」
「いやぁ、仲がよいのにも色々あってだね」
「俺たちとくろとたちとじゃ何か違うの?」
「ふふふ、大人になったら解るさ、きっと」
「ふーん……」
怪訝そうなちびたちの顔と、戸惑いを隠せない玄冬の顔がどうしようもなく可愛くて仕方がなかった。
***
――数刻後。夫婦の寝室(笑)にて。
「なぁ……ベッド分けないか? 置くスペースはあるんだし」
「断る」
「作るから」
「絶対に却下だ。これだけは何があろうと譲らないよ。
何をそんなに気にしてるんだい」
「ちびたちへの言い訳に困る」
「……私は恥じるようなことをしてるつもりはないのだけどね」
「んっ…………」
玄冬の唇を自分のそれで塞いで、ベッドの上に倒れこむ。
唇を離して、まだ迷いの色を浮かべている目に苦笑しながら、白い首筋にそっと指を這わせた。
「あの子たちがしかるべき年齢になったら、ちゃんと言うつもりだよ。
隠し通せるわけがないのは、君だってわかっているだろう?」
「それ、は……」
「恥ずかしくなんてないよ。人が人を想ってする行為の何がいけない? 言い訳の必要がどこにある?」
愛しいから触れているだけだ。
さすがに誰かの目前でするような非常識さは持ち合わせてはいないけれど、悪いことをしているわけじゃない。
「…………怒った、のか?」
「怒ってはいないよ」
羞恥心が言わせているのだとわかってはいる。
玄冬の性格なんてわかりきっているのだから。
あえて言うなら、わかってはいても少し寂しい気がしただけだ。
「すまない」
「謝る必要はないよ。怒っていないと言っただろう?」
「それでも、いい気分はしなかっただろうから」
「いいさ。埋め合わせはしっかりとさせて貰う」
「っ…………!」
耳朶を甘噛みすると、声が震えたけど、腕は私の身体に回された。
拒むつもりはないのが嬉しかった。
「玄冬」
「うん?」
「いつか、ちゃんと。……あの子たちには言おう。ね?」
「……ああ」
もう一度口付けを交わして、髪を撫でて。
行為に没頭し始めた。
いつかあの子たちにも教えよう。
人が人を求めることの意味を。愛することを。
全てを預けられる相手がいることほど、幸せなことはないのだから。
2005/03/28 up
- 2008/01/01 (火) 00:21
- 年齢制限無