作品
親愛なる……
「……さっきから、何回目の溜息だい、君」
「え……」
本を読んでいたら、黒鷹にそんなことを言われて顔を上げる。
黒鷹は苦笑を浮かべて俺を見ていた。
「心ここにあらずだね」
「そんなことは」
「さっきからページが進んでいないよ」
「……え、あ」
確かに。
考え事をしていて本の内容は頭の中には入っていない。
考え事をしていたのは僅かな間と思っていたが、指摘される程度には経っていたらしい。
「そんなに気になるかい?」
「……どうにも落ち着かなくてな」
***
「今日は『父の日』だから、二人とも休んでて!」
「料理作ったり、洗濯したりは全部俺たちがやるから!」
***
せっかくちびたちがそう言ってくれたのだから、と。
わかってはいるんだが。
長年の習慣からかどうにも何もしないというのが落ち着かない。
黒鷹はいつも飄々としている部分があるからともかく、俺はずっと休んだままというのが、どうにもピンとこなかった。
「困った子だねぇ」
「お前の所為でもあるんだぞ……!」
思えば。
5、6歳位の頃から俺は家の中のことは一通りしてたように思う。
黒鷹がやらなければ、俺がやるしかなかったからだ。
「やれやれ仕方ないな。じゃあ、家の中にいて気になってしまうのなら、いっそ外に行こうじゃないか!」
「……あ? おい、黒鷹!」
「ちびくろ、ちびたか。私たちは少し外に出てくるから、留守を頼むよ」
「はーい」
「行ってらっしゃい!」
黒鷹は俺の手を取って、さっと立ち上がらせるとちびたちに声を掛けて、
懐から小さな水晶……空間転移装置を取り出した。
「飛ぶよ。しっかり捕まっていなさい」
「え、おい」
どこに行くんだ、と問う前に俺たちは飛んでいた。
***
「ここ、どこだ?」
ついたのは石造りの埃っぽい小さな部屋。
飾られた悪趣味な絵や纏まりなく散らかった部屋の雰囲気は何かを彷彿とさせる。
「ふふふ、ここは私の隠れ家だ!」
「隠れ家……」
道理で。
初めて来た様な印象を覚えなかったわけだ。
この部屋の様子は寧ろ馴染んだ感じさえ覚える。
「さて、今日は何の日だい?」
「……? 父の日だろう」
「そう、父の日!
ちびたちにとっては私たち両方が父と言えるが、君にとっては私が父にあたる。
そして、この部屋。
私としては、いい加減散らかったこの状況にほとほと困り果ててはいるものの、自分でやる気にはならない。
どうだい? 色々とやりたくなる意欲にはかられないかね」
「……お前、都合のいいことを!」
言いながらも、片付けのやりがいのありそうな部屋を前に、自分の頬が緩むのがわかった。
***
「うーん、さすがは玄冬だ。綺麗になったなぁ。
これで何かを探したりするのも戸惑わずにすむ。助かったよ」
黒鷹が部屋を見回して、満足そうに言ってくれたけど。
俺は黒鷹の意図に気付いていた。
「黒鷹」
「うん?」
「有り難う」
「……それは私が言う言葉だと思うがね」
「いや、俺だ。
お前本当は別に困ったりなんてしていなかっただろう。
……わざと俺にやることをくれたんだよな」
ちびたちが全部やる、と言ってくれてその気持ちが嬉しかったのは確かだ。
だけど。
それなら俺は黒鷹に何をしてやればいいだろうと考えてしまっていた。
黒鷹はそれを察して、俺にやることをくれたんだろう。
ちびたちにも角を立てないようなやり方で。
こういう部分は昔から本当に敵わない。
「助かったのは本当だよ」
穏やかに笑った黒鷹が俺を抱き寄せて。
軽く背中をあやすように叩く。
「いい子に育ってくれて、私は本当に嬉しいよ」
「黒鷹」
「ふふ、せっかく綺麗になった部屋で、君を抱きたいところだけどね。
きっとちびたちがご飯を作っていてくれてるだろうから。
家へ帰ろう。君を頂くのは夜のお楽しみにさせてもらうよ」
「ああ。……帰ろう」
「隠れ家のことはあの子たちには内緒だよ。君と私だけの秘密だ」
「ん……」
飛ぶ前にせめてもでキスを交わして。
俺たちは家に戻った。
ちびたちが家で待っている。
きっと満面の笑顔で。
2005/06/19 up
※隠れ家=要は管理者の塔です。
ちなみにちびたちがある程度大きくなると、一応思春期の子どもたちのことを考えて、時々は塔で色々思う存分にいちゃつくというのが、脳内設定であります。(笑)
つか、それって管理者の塔をラブホ代わりに使(強制終了w)
↑せっかくのほのぼのネタが台無しな説明w
- 2008/01/01 (火) 00:26
- 年齢制限無