作品
la vita quotidiana
「ふぇ……あー」
「……大丈夫か?」
「あー……」
小さな手でちびくろが俺の服にしがみついてくる。
胸に抱いた身体は不安になるほどに、酷く熱かった。
昨日から熱を出していて、今日もまだ下がらない。
ミルクを飲ませても、すぐ吐いてしまったりして、傍目から見ても、随分辛そうだ。
泣き声も弱々しい。
体力を奪われてしんどいからだろう、あまり眠ることもできないみたいで、少しうとうとし始めても、すぐにぐずついて起きてしまうのだ。
見ているこっちも辛い。代わってやれたらいいのに。
「玄冬。私が代わるよ。君も少し休むといい」
頭上から声がして、見上げたら黒鷹はちびたかを抱いてなかった。
「ちびたかはどうした?」
「さっき眠ったから、ベッドに寝かせて来たところだよ。
しっかりしなさい。君がそんな顔をしてると、ちびが不安がる」
「そんなに顔に出てるか?」
「あぁ。そら、貸して見たまえ。おいで、ちび」
黒鷹が抱こうと腕を差し伸べると、ちびくろも黒鷹の方に手を伸ばした。
「あー」
「ん……まだ大分熱いな。よしよし、抱いて熱を吸い取ってあげようね」
「……黒鷹」
「うん?」
「俺の治癒能力は、ちびに使うことは出来ないのか?」
治癒能力は自分自身だけでなく、人にも使える。
自分自身の場合は意識せずに勝手に能力が発動するが、人に使う場合は俺の意思がないと使えない。
それでも、俺に負担がかかるからと黒鷹にはなるべく他者に力を使わないよう言われている。
「……君の気持ちはわかるけどね。それはダメだよ」
黒鷹が苦笑をにじませて、呟いた。
「辛い思いや痛い思いをするのも、人には大事な経験ではあるからね。
無闇に力を使ってそれを止めてしまうようなのはよくないよ」
「そうか……」
「とは、言っても代わってやれるものなら、代わってやりたいと私も思ってはいるのだけどね」
「俺は……自分じゃ、よくわからないから」
「うん?」
『玄冬』である俺は、体調を崩して、熱を出したり、吐いたりなどした試しがない。
だから、熱を出したらどんな感覚になるかもわからない。
辛いだろうというのも、どう辛いのかが想像さえできない。
「君がそれを気に病むことはないんだよ、玄冬。
君はそういう風に出来てしまっているんだから」
「でも」
「側にいてくれるだけで十分だよ。ねぇ、ちび?」
「あー……」
ちびが話をわかっているかどうかはわからないが、黒鷹の言葉に返事をするかのように声を返して、俺の方に片手を伸ばしてきたから、手が頬に触れるように身を屈めた。
小さい手が熱い。
「そう、か」
「ああ、だからそんな顔はしないで、ね?
とりあえず、休みなさい。
ちびたかも起きたときに誰もいないときっと心細くて泣いてしまうよ?」
「……そうだな」
経験の差、だろうか。
黒鷹が余裕を持ってるように見えるのは。
俺の方もその言葉に自然に落ち着いてくる。
一人だったら、絶対あたふたとしていたに違いない。
「じゃあ、おやすみ。ちびたかの方は頼んだよ」
「ああ。おやすみ。二人とも」
明日は、ちびの熱が下がっていればいいと、思いながら部屋に戻った。
***
「玄冬にはあんなことを言ったけどね」
玄冬が部屋に引き上げたのを確認してから、こっそりとちびに呟いた。
「……内緒だよ」
そっとちびの額にキスをして、力を送り込んだ。
本当は玄冬に及ばないまでも私たち鳥にも、治癒能力は備わっている。
……子育てとしては失格な手段なのだろうけどね。
「でも、私は辛そうな君をみるのも、玄冬を見るのも、ちびたかを見るのも嫌なんだよ」
ちびたかを寝かしつけてるとき、あの子も兄弟の様子がわかるのか、ぐずってしまっていて中々眠れないようだった。
病気は本人も辛いけど、見ている周りの人間も辛い。
「丸一日はこれでも我慢してたんだけどね。甘いな、私も」
「あー……」
顔色がよくなったちびくろがまどろみ始めた。
「ようやく眠れるかな。……おやすみ」
「くー…………」
明日は皆で笑って過ごそう。元気でいるのが一番だからね。
2005/01/16 発行 個人誌『Happy Life』より
ネットに上げてなかったHappy Lifeシリーズ唯一の話。
- 2013/09/11 (水) 12:14
- 年齢制限無