作品
君を偲んで、過ごす日は(黒玄前提救鷹)
「お菓子をくれなきゃ、悪さをするよ?」
既に私の身体を組み敷いている紅の瞳が愉快そうに笑っている。
嫌味に取れるよう、軽く溜息を吐いても一向に意に介さない。
「……君、一体幾つだね」
成人はしていなくても、子どもとは言い難い年齢だ。
そもそも、彼の考えているであろう『悪さ』は子どもの悪戯の範囲を超えているものなはずだ、間違いなく。
そうでなければこんな体勢になっているわけがない。
「いいじゃん。ね、くれないってことは悪さしてい……あ、そこの本の上にあるじゃない。お菓子」
「あれは、君のじゃないよ。玄冬の分だ」
半年以上前か、あれは。
まだ十にも満たなかったあの子がいつものように、世界に春を訪れさせるために殺されたのは。
彩を引き上げ、一人塔に戻り、穏やかに過ごしていたはずの日々は突然の来訪者によって破られた。
空間転移装置を使わないことには、ここに来れるはずもない。
来るとしたら片翼以外にはありえない。
あの人が彼に預けるとは思えないから、勝手に使ったのだろう。
今頃気付いて青ざめていそうだな。
鳥の姿ならここに入ることは可能だが、彩からここまで来るには、少し時間が掛かってしまう。
それも恐らく彼は計算済みなんだろうが。
「死んだ子にあげてどうするの?」
「だから、だよ。
ハロウィンは秋の収穫を祝うと同時に亡くなった相手を偲び、尊ぶ祭でもある。
……帰りたまえ、今日は気分が乗らない」
「……くれないなら、悪さするって言ったじゃん」
「……っ……やめなさい。別の日なら付き合う。だが、今日はダメだ」
首筋に近づいた顔を本気で押しのけると、傷ついたような表情になる。
「だってせっかくここまで来たのに」
「嫌がる相手に無理強いして楽しいかい?
君も虚しくなるだけだと思うよ。
きっと私は反応出来ないから、何をされても」
「……ちぇ、つまんないの」
渋々と言った様子だが、ようやく身体が離れた。やれやれ。
拗ねて部屋の隅に蹲り、背を向けている彼は本当に子どもみたいだな。
本の上に幾つか置いてあったお菓子の中から、小さな袋菓子一つだけを取る。
……すまないね、玄冬。一つだけだから。
「君、こちらを向いて手を出したまえ」
「ん、何……わっ」
振り向いた瞬間にそれを彼に向かって放り投げたが、反射的にちゃんと受け止めてくれた。
「ここまで来たお駄賃だよ。今日のところはそれで引き上げなさい」
「……黒鷹サン」
「うん?」
「アンタさ、俺の好きなお菓子知ってたっけ?」
「さぁ、どうだろうね」
「……いいや。今日はこれで引いてあげる。ありがと。
Happy Halloween!」
来た時も唐突だったが、帰る時も唐突だな。
ちゃっかり転移の直前に、耳に口付けを落としていくあたり抜け目がないと言おうか。
「……Happy Halloween、はこちらの言う言葉なんだけどね、まあいいか」
仕方がないから、順序は逆だけれども一人呟いた。
――Trick or Treat.
案外大人しく引いてくれたあたり、あれで彼も君のことを偲んでくれていたのかも知れないね、なぁ玄冬。
2006/11/10 up
2006年のハロウィン話その1です。黒玄前提救鷹。黒鷹視点。
この組み合わせには珍しくほのぼの系。
- 2009/01/01 (木) 00:08
- 黒玄前提他カプ