作品
永遠を告げる鐘が鳴る~Passa con Lei per sempre.
鳴り響く鐘の音は弔いの為。
存在を知るものの少ないあの子へのせめてもの手向け。
ああ、また輪が廻る。永遠に繰り返される輪廻。
私はまたあの子を失うのだ――。
***
[Kurotaka's Side]
腕の中の玄冬の髪をそっと梳いていると、鐘の音が耳に届いた。
彩の王城近くにある、大聖堂で鳴らしているものだ。
世間で『春告げの儀式』と呼ばれているものを実施したことを告げる鐘。
それはあくまで表向きの話でしかないけれども。
一般の人間には詳細を知らせることのない『儀式』が、何を行われたことを示すのかを知っている者はごく僅か。
そのごく僅かの人間だけが、この鐘の本当の意味を知っている。
これは、玄冬に対するせめてもの弔いなのだと。
既に御伽噺でさえなくなりつつある、玄冬の存在。
世間に知らされているのは救世主の存在だけ。
桜色の髪をした救世主の存在が変わらぬ季節を支え、春を呼び、世界を導いていくのだと、そんな風に世界では伝わりつつある。
対して、救世主とほぼ同じ時期に生まれる玄冬の存在は闇にあり、表立つことは決してない。
それがあの子の望みだったから。
――世界が終わるかも知れないという恐怖を……少しでも人々に抱かせる必要はないと思うんだ。黒鷹。
何処までも人の事ばかりだ、あの子が考えるのは。
それでも玄冬の望んだことには違いない。
だから、『玄冬』が生まれても静かに過ごし、時が来たらひっそりと葬る。
長い年月の間に『玄冬』と『救世主』の話は、『救世主』の話になっていた。
存在を明かさないようにしていけば、それは当然の成り行きだ。
だけど、そうやって人に知られずに生き、知られずに一人静かに逝くあの子の存在が私にはたまらなく悲しくて。
いつだったかにせめて弔いの意で鐘を鳴らしてくれ、と頼んだ。
聖夜の夜に祝祭の意図で鳴り響いた鐘の音を、いつかのあの子がとても好きだと言ったから。
何とでも鐘を鳴らす言い訳などつけられるだろう、と。
以来、玄冬が永い眠りについたときには、この鐘を鳴らすのが習慣となっている。
「……結局はただの自己満足でしかないのかも知れないがね」
既に聞こえていないことは承知しているが、あの子が生きていた時と同じように玄冬の耳元で物語を語りかけるように小さく呟く。
「少しでも、君がいた証を残したかったんだよ」
鐘の音を聞いた人間に意味は伝わることはない。
だが、鐘を鳴らすことで君は確かにその直前までいたのだと示すために。
自分が玄冬と過ごした時間は夢ではなく現だったと示すために。
時折、長い悪夢を見ている気分になってしまうから、それを断ち切るためでもある。
自分が生まれてくる限り殺して続けてくれ、と願ったあの子も、その約束を守り続けてしまう私も、夢などではなく残酷な現実。
戦が始まると、人が大勢死ぬことが予想される。
だから、臨界点を越える前に玄冬を殺してくれと言われても了解するだけ。
どことなく咎めるような視線の片翼にも気付かぬふりで、心の底でだけ、そんな愚かな理由の元に玄冬を死なせることを決断した人間達を軽蔑しながらも、あの子を差し出した。
最期に呪う言葉を吐いてくれたなら、酷い親だと冷酷に突き放してくれたのなら、どんなにいいかといつも思うのに。
私の元に届くあの子の最期の思念はいつだって柔らかくて温かい。
愛しさを秘めたものしか届かない。
間近で受け止めるには、あまりに厳しいものだけが届く。
「本当に狡いところだけ私に似るんだからな、君は」
おかげで、この鐘の音はいつも耳に痛い。
これは君の弔いに鳴らす音でもあるけれど、私の咎をまざまざと思い知らせる音でもあるから。
一つの終わり、一つの始まり、そして繰り返していく永遠を象徴する鐘の音。
また当分の間、この音を聞かずに済むことは幸か不幸か。
「……なぁ、玄冬。次の君は」
私に似ないでくれたらいいのにと、そう願ってやまないよ。
[Kuroto's Side]
無い筈の耳で鐘の音を聴く。
無い筈の目で黒鷹の哀しい笑いを視る。
無い筈の身体で黒鷹の体温を感じる。
「……優しい音だな。この鐘の音は」
それでも、やはり発した言葉は黒鷹には届かない。
当然だ。口だって無い。
今の俺はただの思念。いや、魂というべきなんだろうか。
どちらにしろ実体はない。
こんなに近くにいるのに、触れること一つできやしない。
そうして、もうそんなに経たないうちに、また俺はこの世界から消えるはずだ。
いつもそうだ。
俺が死んだ直後、僅かな間だけこうして黒鷹の傍にいて、命の灯火が消えた自分だった身体と黒鷹を視る。
この世界を創ったやつの計らいなのか、それとも、たった一人の親に子どもを殺し続けるよう願った報いか。
声が少しでも。一瞬でも届いてくれたなら。
いや、それを願う資格も俺にはないかも知れないな。
いつからか、鳴らすようになった鐘の音に遠い昔を思い出す。
黒鷹に育てられた最初の俺の頃。
まだ背は黒鷹の胸よりも低かったくらいの時だ。
二人で買い物の為に村に行った時、それまでにないほどに村は賑わい、鐘が鳴り響いていた。
――……何だ? これは??
――ふむ、今日はまた随分賑やかな……ああ、なるほど。婚礼か。
――? こん……れい?
――ああ。一組の男女が夫婦となる、めでたい儀式だ。
鐘を鳴らし、皆の前で誓うのさ。
病める時も、健やかなる時も、死が二人を分かつまで……
「死でも分けられない、共に在り続ける俺たちはどう誓ったらいいんだろうな」
まるで婚礼の鐘の音だ、と言ったら流石のお前も呆れるだろうか。
俺がいた証を残したかったという黒鷹。
証なんて形にしなくてもいいのにな。
『玄冬』の存在を知る人間が誰もいなくなったとしても、お前さえ知っていれば俺は十分なのだから。
「本当に狡いところだけ私に似るんだからな、君は」
ああ、そうだな。
お前にこの声が届かないことを知っている。
だから、俺はこんなことを言える。
でも、元々はお前の所為だぞ。
俺はただ養い親に似ただけだから。
いつだって肝心なことは口にしない……いや、することの出来ないお前に。
「……なぁ、玄冬。次の君は」
そうして、きっとまた余計なところだけお前に似るんだ。
だけど、そんな永遠も悪くない。
遠くなった鐘の音。
薄れゆく意識の中で相手には届かない言葉を呟いた。
「次の俺も。……お前の傍に、黒鷹」
***
鳴り響く鐘の音は永遠に共に在ることを誓う為。
祝福のいらない永遠の誓いは二人だけが知っていればいい。
だから、また輪が巡る。
永遠に繰り返される輪廻。
俺はお前を失わない――。
2006/11/26 up ※黒鷹視点のみ、2006/08/27 up
携帯版メールマガジンの第24回配信分に手を加えたものです。
配信分は黒鷹視点のみで、後に玄冬視点も入れようと思ってました。
『春告げの儀式』はドラマCD『夢を視る化石』で出てきたエピソード。
あれで鳴らす鐘の音は密かな玄冬への弔いであると同時に、黒親子が一緒に在り続ける永遠の誓いでもあるかなと。
黒玄フィルターごしの解釈したらそうなりましたw
自動翻訳によるサブタイトルは間違っているかもですが、気にしないw
- 2008/01/01 (火) 00:15
- 黒玄