作品
Alcohol for two
「おお! 今年も見事に咲いてるじゃないか。ここの桜はやはり綺麗だね」
「そうだな。晴れていて良かった。座るのはいつもの場所でいいのか?」
「ああ」
毎年、花見の時期になると黒鷹と二人で見に来る場所は、俺達の家から少し離れた森の奥にある。
来るようになって数年経つが、未だに自分達以外の人間がここに足を踏み入れたのを見たことがない。
黒鷹曰く、『とっておきの花見の場所』だ。
俺もこの場所は昔から気に入っている。
黒鷹が一際大きな桜の木の下で手にしていた敷物を地に敷くと、俺も手にしていた弁当と果実酒やグラスの入った瓶をその上に置く。
そうして二人で座り込んで、少しの間無言で周囲の桜を眺めてみる。
微風に乗り、時折舞い落ちる花びらは心が和む。
今年も桜が見られて良かった。
「さて。そろそろ弁当を出そうか。それと酒を」
「ああ」
重箱を広げて、グラスを籠から出して並べ。
いつもの様に黒鷹には果実酒を注いだ後、自分のグラスには水を注ごうとしたところで、黒鷹が不意に俺の手を掴んで止めた。
「……黒鷹?」
「君も今年で16だ。そろそろ酒に付き合いたまえよ」
「別に俺は大して興味がないんだが」
果実酒を作るのは好きだけど、それは黒鷹が喜んでくれるからで。
味見くらいならしたことはあるが、酒を飲みたいと思ったことはない。
性質の悪い酔い方をする見本が目の前にいる所為かも知れないが、あまり気が進まなかった。
「いけない。いけないよ、玄冬! 酒というのはだね、唯の嗜好品じゃない。
大人にだけ許された、貴い楽しみなのだよ!
酒というのを媒介にしつつ、常日頃のしがらみから一時開放される。
そういうことを時々やるからこそ、普段の生活にも張りが出て来るというものであってだね……!」
「お前の一体どの辺りにしがらみがあるのかと問いたいが、俺は」
普段から好き放題している癖によくも言う。
「いやいや、私だってそれなりに色々あるさ。まぁ、それはさておき。
実際のところ、私は君が酒を飲める歳になったら、花見の場で酌み交わせるのを前から楽しみにしていたんだ。
父としてのささやかな願望に付き合ってくれてもいいじゃないか。
何も酔ったところを狙って押し倒そうなんて思ってはいないから!」
「待て。最後の一言が気になるぞ」
「ははは! 細かいことを気にしちゃいけないぞう、玄冬。
ささ、グラスを持ちなさい。注いであげるから」
「……まあ、いいけどな」
拒む気になれなかったのは、言葉の最中にほんの一瞬だけ黒鷹が真面目な顔になったからだ。
自分でも甘い、とは思うのだがどうにも弱い。
グラスを掲げて果実酒を注ぐと、二人で顔を見合わせ黒鷹もグラスを手にする。
「それでは、今年も美しく咲いた桜に」
「ああ。……乾杯」
かちんと小気味よくなったグラスを合わせた音はいつもと少しだけ違う気がした。
***
「……おかしい、なぁ……。君、顔色一つ変わってないぞ?」
「そういうお前は大分酔ってきているな」
二人で3本目の果実酒を空けたあたりで、黒鷹の目が据わってきていた。
顔が赤くなるのはいつものことなのだが。……そろそろまずそうだな。
「気分は? 気持ち良いとか、逆に気持ち悪くなったりとかは?」
「いや、何ともない。……というよりもな」
「うん?」
「水を飲んでいるのと変わりがない」
「ええ!? 何だいそれは!」
「実際そうなんだから、他に言いようがない。
何だと言われても俺も困る」
「…………彼は弱かったから、君もそうだと思ったのになぁ……」
「え?」
ごく一瞬、微かに含まれた真面目な響きの声。
聞き返した言葉には返答はなく。
ごろんと横になった黒鷹が俺の膝を枕にした。
「ちょ……おい、黒鷹」
「少しだけ眠らせてくれたまえ。……大分酔いが回った」
「お前、飲みすぎだ」
「君が強すぎるんだよ。先に潰れると思ったのに予想外……だ」
「……黒鷹?」
「…………すー……」
間もなく聞こえ始めた寝息。
こうなるともうしばらくは起きないだろう。
軽く溜息を吐いて、膝の上の頭を軽く撫でてみた。
心なしか綻んだ表情。
…………不意に、さっきの言葉が頭の中に響く。
――彼は弱かったから、君もそうだと……。
『彼』。
誰のことだと思ったが、何となくそこに触れてはいけないような気がした。
「……誰のことかはわからないけどな」
黒鷹が眠ったままなのを確認して、独り言を呟く。
「……俺はこれでいいと思う」
俺まで酔いつぶれたら、お前を介抱することが出来なくなる。
そもそも、外で人数が集まって飲むのも好きなやつではあるけれども、他人が居るとフリだけで、本当に酔うことは出来ないのも知っている。
こんなところを見られるのも一つの特権だと言えなくもない。
少々理不尽だと思わなくもないが。
そうだ、これでいい。
背を桜の木に預けると、心地良い日差しと木から伝わる柔らかい温かさで、黒鷹とは違った意味で眠くなってきた。
時折聞こえる鳥の囀りさえも眠気を後押ししているように思えてならない。
まぁ、遅くなったときの為に灯りも持ってきてはいるから、目が覚めたときに夜桜を楽しむのも一つの手かも知れないな。
飲む前に交わした会話の内容を思い出し、起きた時に身の危険を感じそうな予感にはあえて気付かないふりをする。
どことなく甘ったるい優しい気分になってしまうのは、きっとこの桜色の風景の所為だ。
舞い散る花びらを視界の片隅に収めながら目を閉じた。
2006/?/? up ※企画サイトでは2006年4月投稿
かつて運営していた企画サイトFlower's Mixでのコラボ作品です。
M様による原案内容は以下。
『お花見話です。
大勢でわいわいどんちゃん騒ぎ(PD打鶏肉設定とかで)も楽しそうですけれども、
少人数でうっとりと眺めるのもいいですよねv
或いは現在形の話でもいいですが、誰かにとっての思い出の花見というのもいいかもしれません。
とりあえず『お花見』であれば形式は拘りません。
カップリング要素があろうがなかろうが、ギャグだろうがほのぼのだろうが
ラブラブだろうがシリアスだろうがなんでもいいですv
とある素敵なひと時のお話を宜しくお願い致しますv』
というわけで、結局ここのいつものパターンです(笑)
副読本でのQ&A、花帰葬キャラが酔うとどうなるかというあれで出てきた黒親子の設定が大好きです。
玄冬が最初のお酒を口にしたときの話はいつかやろう!
と思っていたものの一つだったので楽しく書いた覚えが。
- 2008/01/01 (火) 00:11
- 黒玄