作品
今と昔の相違点
[Kuroto's Side]
足を進めていく度に、サクサクと足元で枯葉が小気味よい音を立てる。
ここ数日は天気がいいから、すっかり葉が渇いているんだろう。
「すっかり秋だねぇ。葉がどこもかしこも散ってしまっている」
「そうだな。あと少ししたら茸や山菜の採取も難しくなる」
「…………もう少しこう、情緒を感じさせる言葉はないかね、玄冬」
鳥の姿になって、俺の肩の上に乗っている黒鷹の呟きに苦笑いが混じる。
「何を言う。重要な事だろうが」
「いや、まぁ。そりゃあそうなんだけどね。物悲しくなる感じだとか、風情があるだとか。
あー……君に聞いた時点で間違いか」
「そう思うなら聞くな。そして、ちゃんと食えるものを探せ。
お前が自分で言ったんだぞ。鳥の方が人間の時よりは目がきくって」
「はいはい。……っと、待ちなさい。ストップ、ストップ」
「うん?」
いきなり足を止められて何事かと思ったら、ばさりと羽音がして黒鷹が俺の肩から離れ、目の前で人型に戻り、俺の足元で何かを拾った。
「玄冬。手を出してくれないか?」
「うん? 何を取っ……」
「ああ、そういうのじゃなくてこう」
拾ったものを受け取ろうと手のひらを上に向けた状態で手を出したのだが、手首を取られて、地面に垂直になる形にさせられた。
そして、手のひらの下の部分に何かが合わされる。
「もみ……じ?」
合わされていたのは見事に紅く染まった紅葉。
俺の手のひらの中に収まってしまっているそれを見た黒鷹が表情を綻ばせた。
「ふふ、今の君の手と比べるとこれもこんなに小っちゃいんだな」
「そりゃあ……」
「昔の君の手はこんなくらいの大きさだったのにね」
「……黒鷹」
「君の手が握りっぱなしではなく、少しずつ開いてる時間が多くなって来た頃がこんな感じだった。すっかり大きくなってしまったなぁ」
紅葉が取り除かれ、代わりに黒鷹の手が俺の手に重ねられる。
もうほぼ大きさの変わらない手。
互いに手袋をしているから伝わってくる体温は僅かなものだけど、それでもずっと触れていると、明らかに紅葉では得られない温もりがほんのりと伝わってくる。
何かを懐かしむような表情を見ると、少しだけ複雑な気分になった。
俺が何時の間にか黒鷹の背を追い越したことを、こいつが案外気にしているのを知っているから。
「まるで昔は良かった、と言わんばかりだな」
「いや、そんなことはないさ。昔は昔で小さかった君を相手にするのは楽しかったが、今は今の楽しみというものがある。例えばね」
「うん? 何……」
と、問いかけようとした唇は途中で言葉を発することが出来なくなる。
黒鷹の唇がすっと重なってきたからだ。
軽く触れ合わせるだけで直ぐに離れていったけど、呆気に取られてしまって、言葉が続かない。
「こういう風に前触れ無しにキスできて、君の驚く顔を見られたりとかは
今だからこそ、だな。
君が小さい頃はお互い立っている状態だと、どうしても屈んでしまわないとどうしようもなかったからね。
驚かせようもなかったし」
「……馬鹿だろう、お前」
「ははははは。知らなかったとでも?」
「……いや」
もっと、他に何かあるだろうと思いかけたところで、合わせていただけの手がどちらからともなく指を絡めてしまっていたことに気付いて、黒鷹のことを言えた口じゃないというのを自覚した。
馬鹿は俺もだ。
繋がれている手を引かれて、家の方向に歩き出されても、そのままついて行ってしまうあたりもどうなのか。
「……明日は午前中から採取に来るからな。
今日採れなかった分も働いてもらうぞ」
「覚えておくよ」
自分の言葉が負け惜しみのように聞こえて、黒鷹の声が笑いを含んでいたというのは、せめて、気付かないフリでいようと足元で再び鳴り始めた枯葉の音に意識を逸らした。
今と昔。どっちが子どもなんだか、な。
[Kurotaka's Side]
「すっかり秋だねぇ。葉がどこもかしこも散ってしまっている」
「そうだな。あと少ししたら茸や山菜の採取も難しくなる」
「…………もう少しこう、情緒を感じさせる言葉はないかね、玄冬」
玄冬らしいといえば、らしいのだが、あまりに現実的な受け答えには
ほんのちょっとだけ虚しくなった。
「何を言う。重要な事だろうが」
「いや、まぁ。そりゃあそうなんだけどね。物悲しくなる感じだとか、風情があるだとか。
あー……君に聞いた時点で間違いか」
「そう思うなら聞くな。そして、ちゃんと食えるものを探せ。
お前が自分で言ったんだぞ。鳥の方が人間の時よりは目がきくって」
今更歩くのが面倒だったから、鳥の姿で玄冬の肩に乗っかっていた、とは言えない。
この方が視界が広がるのは確かだが、探すものが探すものなので意欲が高いわけでなし、多分効率としては、鳥でも人でもそう変わりないだろう。
怒られそうだから、玄冬に言うつもりはないが。
「はいはい。……っと、待ちなさい。ストップ、ストップ」
「うん?」
ふと、玄冬の足元で見つけた綺麗な形の紅葉。
踏まれてしまう前に玄冬の足を止めて、人型に戻り、それを拾い上げた。
小さな紅葉は幼子の手のようで、何か懐かしさを覚える。
「玄冬。手を出してくれないか?」
「うん? 何を取っ……」
「ああ、そういうのじゃなくてこう」
今の手の大きさと比べてみようと、玄冬に手を出させ、紅葉と重ね合わせてみた。
紅葉は玄冬の手のひらの半分のあたりに届くかどうか、といったところだった。
もうこんなに大きさが違うのか、あの頃とは。
「もみ……じ?」
「ふふ、今の君の手と比べるとこれもこんなに小っちゃいんだな」
「そりゃあ……」
「昔の君の手はこんなくらいの大きさだったのにね」
「……黒鷹」
――くにょたかー。だっこー。
そうやって、たどたどしい言葉と共に私に向かって手を伸ばしてきたのは昨日のことのようにも思えるのに、いつの間にこんなに成長してしまったのか。
「君の手が握りっぱなしではなく、少しずつ開いてる時間が多くなって来た頃がこんな感じだった。すっかり大きくなってしまったなぁ」
これほどに小さかった手はもう私とさほど変わらない。
いや、指は少し玄冬の方が長いくらいだ。
紅葉ではなく、自分の手を重ねてみるとそれが良く解る。
「まるで昔は良かった、と言わんばかりだな」
そんな風に昔を懐かしんでいたら、玄冬の言葉で我に返った。
目の前の顔はどうにも妙な表情をしている。
ああ、そうか。可愛いなぁ、君は。
何も今より昔の方が良かったという意味を含めたつもりはなかったのだけどね。
「いや、そんなことはないさ。昔は昔で小さかった君を相手にするのは楽しかったが、今は今の楽しみというものがある。例えばね」
「うん? 何……」
言葉を何か言い掛けた唇を自分のそれで塞ぐ。
その瞬間、合わせていただけの手は反射的に指が絡められた。
まるで私を放すまいと求めるように。
そんな反応に可愛く思いながらも唇を離し、私の方からも指を絡める。
目元だけほんのりと染まった顔にある確信を持ちながらも、まだそれは表に出さない。
「こういう風に前触れ無しにキスできて、君の驚く顔を見られたりとかは
今だからこそ、だな。
君が小さい頃はお互い立っている状態だと、どうしても屈んでしまわないとどうしようもなかったからね。
驚かせようもなかったし」
「……馬鹿だろう、お前」
「ははははは。知らなかったとでも?」
「……いや」
視線を逸らした玄冬にもう一度キスしたくなる衝動を抑えて、家に向かって歩き出す。
続きは家についてからすればいいことだ。
案の定、玄冬も逆らわずにそのまま私について来る。
親鳥の後をついて歩く雛鳥の如く。
繋いだままの手を離そうとする気配もない。
「……明日は午前中から採取に来るからな。
今日採れなかった分も働いてもらうぞ」
「覚えておくよ」
言い訳のように呟いた玄冬が可愛くてどうしようかと思う。
明日の午前中、まともに動ければいいんだけれどもね。
さて、加減が出来るかな。
今も昔も。君は愛しい私の子どもだよ、玄冬。
2006/?/? up ※企画サイトでは2006年10月投稿
かつて運営していた企画サイトFlower's Mixでのコラボ作品です。
S様による原案内容は以下。
『テーマは、「秋、もみじ」をいれてください。どちらか一つでも可能です。
キャラは、玄冬と黒鷹を必ず入れてください。
秋とゆうのは、秋を思わせる感じでも、「~の秋」って感じでも、どちらでもOkです。
カップリングは、あってもなくてもOkです。
シリアルでもほのぼのでも好きなほうでお願いします。』
企画提出物は(一応)バカップル度は程ほどにと自分で思っていたはずなのですが、読み返すとホント普段と何が違うのかw
玄冬視点だけだと話によっては心の機微を書きにくいのですが
(基本鈍い男だからw)
そういう時の黒鷹視点が楽しかったりします。
自覚無くちょっと拗ねてしまった玄冬とそれに気付いて宥める黒鷹の図。
企画で両視点一緒にやったのは初めてですが、元々こういう書き方が好きです。
- 2008/01/01 (火) 00:15
- 黒玄