作品
髪と指とぬくもりと
「玄冬、大分髪が伸びてきていないかね?」
「あ? ……ああ、そういえば」
そう声をかけると玄冬が後ろ手に自分の髪の長さを確認するように触った。
「切ろうか?」
「自分でやるから、いい」
そっけなく返されてしまい、ちょっと残念な気分になる。
昔は私が毎回切っていたのだけど、いつからか玄冬は自分で髪を切るようになった。
後ろの方を切るのは中々自分でやるには大変だと思うので、
いつも切ろうかと問いかけるのだが、自分でやるからと返される。
そんなところくらい、甘えるうちにも入らないと思うんだけどね、私としては。
だけど。
ふと玄冬が自分で髪を切り始めたのはいつだっただろうかと、考えてみるとあることに思い当たった。
もしかしてと思い、確認してみる。
「玄冬」
「うん?」
「そういえば……最後に私が、君の髪を切ったときなんだが」
「……それが?」
僅かな間、訪れた沈黙に半ば確信を持って、言葉を続ける。
「確か、ちょうど私たちが抱き合うことを始めたばかりで、
髪を切りながらも色々といたずらをしていたなぁと思ってね」
「どうだったかな……忘れた」
そんなことを言いつつ、あらぬ方向に顔を背けたりなんかする。
わかりやすいね、君は。
玄冬の髪に手を伸ばして、そっと指に絡め、耳元に唇を寄せると玄冬の身体がびくりと反応した。
「私が髪を切ると、何かと思い出したりするから、自分でやるようになったのかい?」
「っ……」
そう、なんとなく思い出した。
髪を切るときに首筋に指が触れたり、切った髪を払ったりするときに、君が少し頬を染めて、反応したりなんかしたから、それが可愛くてつい髪に口付けたり、首筋に貼りついて残る髪を、洗い流そうと湯を浴びるときに悪戯心を起こして、色々とやった気がする。
「ふふふ。そうか、そうか。可愛いねぇ、君は」
「まだ何も言ってないだろうがっ」
「耳まで真っ赤にしてたら、言ってるのと変わらないよ。玄冬」
「く……」
そのまま、玄冬を抱きしめて、髪を指で梳いた。
さらりとした感触。
もう、数え切れないほど触れているから、すっかり指に馴染んだそれが愛しいと思う。
「久しぶりに切って上げようじゃないか。ほら、椅子に腰掛けたまえ」
「自分でやると言っただろう」
「今更、照れなくたっていいだろうに。大丈夫。他に何もしないから」
「当てになるか!」
「信用ないね」
「長年の経験上、そう思うから言ってるんだ」
「……じゃあ、その『長年の経験上』からわかるだろう?」
『他に何もしない』というのが、多分守れる言葉ではないということを。
君がわからないわけはない。
私だって、君がこういうときにどう返すかが想像がついているのと同じようにね。
案の定。
玄冬は一つ溜息をつくと、私の腕を解いて椅子に腰掛けた。
結局、君は私に甘いのだから。
勿論、私の方も、ね。
2004/09/20 up
Uさまからのリクエスト権利発動により書いた話。
リク内容は『「二人でお茶を」のような甘い黒玄』だったので、
日常絡みの甘々ネタにしようと「髪切り」ネタ持ってきましたv
- 2008/01/01 (火) 00:17
- 黒玄