作品
B&D~夢の続きを
B&D
「やれやれ……すっかり遅くなったな」
暗くなっている家の前で鳥の姿から人の姿に変化し、一息吐いた。
もう時刻は丑三つ時をまわっている頃だろう。
やはり、元々の予定通りに明日帰ることにすればよかったかな。
十の市場に出掛けて来ると、玄冬に言い置いて家を出たのは三日前。
明日の夕刻には帰ると玄冬に告げてあったけれど、一通りの用事は済ませてしまったから、予定を繰り上げて戻ってきたのだった。
以前、やはり用事が早く済んでしまい、当初の予定よりも少し早く帰宅した時の玄冬の嬉しそうな顔を思い出すと、出来るだけ早く家に戻りたい気分になり、結局帰ってきてしまったが、到着するのが遅くなり過ぎた。
この時間ではあの子はもう眠ってしまっているだろう。
まぁ、朝に驚かせればいいことではあるのだが。
静かに玄関の扉を開け、玄冬の部屋の前も忍び足で通り過ぎ、自分の部屋に入って、マントの紐を外しかけたところで、隣接している寝室の方から灯りが零れていることに気が付いた。
もしかして、あの子が部屋の掃除をした時にでも消し忘れたままなのだろうか。
随分と珍しいこともあるものだ。
まぁ、買ってきた本を眠る前に少しだけ目を通そうと思っていたし、灯りがついていたところで特に困ることはない。
構わずに寝間着に着替え、本を携えて寝室に入ったときに……予想外のことに一瞬目を剥いた。
「……玄冬?」
「すー……」
てっきり自分の部屋で休んでいるものと思っていたあの子は、私のベッドの中で眠っていた。
灯りがついていたのはその所為か。
この子とまだ一緒に眠っていた時に、眠る前に本を読んでいた習慣からか、玄冬は灯りをつけて眠る癖がついている。
――じゃあ、行って来るよ。数日寂しいかもしれないけど、良い子にしてるんだよ。
――寂しくなんかない。もうそんな歳じゃないしな。静かで清々するぐらいだ。気をつけて行って来い。
――……それはそれで私が寂しくなる答えだよ、玄冬。
あんなことを言っていたくせに。
何だ、結局寂しがっていたんじゃないか。
玄冬が本当に幼い頃には、色々な場所に連れ歩いていたけど、この子に『玄冬』であることを告げてからは、極力人と関わるまいと遠出することに難色を示していたことと、一通り身の回りのことは自分で出来る歳になって、留守を預けても大丈夫になっていたことから、いつからか私は一人で遠出して、玄冬が留守番をしているというのが定着するようになっていたのだが。
……もしかして、今までも私が数日出かけている間、この子はこんな風に私のベッドで眠っていたんだろうか。
せめてもの私の気配に縋るように。
それでいてそんなことはおくびにも出さずに。
「……可愛いなぁ、君は」
静かにベッドに入り込んで、枕の上の小さな頭をそっと撫でると玄冬の表情が心なしか和らいだ。
その様子につい起こしてしまいたくなるのを堪えて、ただ寄り添うだけにする。
明日の朝、この子がどう反応するのかを考えるだけで楽しみだった。
***
「三つ子の魂、百まで……とかいうやつなのかね、これも」
そんなことがあってから十年以上。
やはり玄冬は私が数日遠出している時は私のベッドを使ってしまうらしい。
また深夜に元来の予定より早く家に戻ってきて、寝室を覗くと玄冬が私のベッドで眠っている。
私が滅多に予定を切り上げて帰るようなことはしないから、つい油断してしまうんだろう。
そんなこの子がたまらなく可愛い。
こんなところは昔と変わらない。
変わったところがあるとすれば、私がベッドに入ったときにこの子が寝惚けてではあるけど、一瞬目を覚まして、嬉しそうな顔をし、伸ばした腕の中に素直に収まってくることだろうか。
朝に起きた時にはそのことは覚えてないらしく、ベッドの中にいる私を見て、困った顔になってしまうのは相変わらずだけど。
「明日起きたときが楽しみだ」
既に自分と変わらなくなった大きさの頭に軽く口付けを落とし、
数時間後の楽しみを想像しながら、私も眠りについた。
夢の続きを
「あ…………?」
何となく暑い、と感じて目が覚めた。
季節柄、まだ暑い日があってもおかしくはないが、気温によって感じる暑さと人の体温によって感じる熱さはまた違う。
どちらかというと後者の感覚に思え、ふと顔を横に向けると思いの他直ぐ側にあった馴染みのある顔に記憶が混乱した。
……何で黒鷹がここにいるのか。
先ほどまで見ていた夢で黒鷹が出てきたような気はするが、実際には出掛けていていないはずだった。
だが、伝わってくる黒鷹の体温が夢ではないことを告げている。
確かに昨夜は一人で眠ったはずだったんだが。
ベッドの天蓋を見上げながら、まだ回転しきらない頭で昨夜のことを思い出し、記憶の紐を解いていく。
今寝ている場所は確かに黒鷹のベッドに間違いない。
が、本来の持ち主は三日前から出掛けていて、帰ってくるのは今夜の予定だった。
だからこそ、俺は主のいないベッドに潜り込んで眠っていたのだから。
昔からの癖みたいなものだが、黒鷹がいない夜は何とはなしに黒鷹のベッドを使いたくなる。
黒鷹の部屋の本を色々持ってきて、枕元で読むというのは普段でもよくやってはいるが、それを黒鷹のベッドでそのままやるということで、何となくわくわくするような感情があるとでもいうのだろうか。
別に悪いことをしているわけでもないのだが、親の知らないところで予想外であろうことをする、というのが楽しいのかもしれない。
些細な悪戯心とでも言おうか、少なくとも最初のきっかけはそんな思いがあった。
自分としても意外に思う面だが、黒鷹が出掛けている間の羽伸ばしみたいなものだ。
多分、俺が飯を作っていることを考えてくれているからか、滅多に黒鷹は帰ってくるときの予定は変更しない。
大体最初に言った通りの日時で家に帰ってくる。
ふらふらしてるように見えて、予想外の部分で律儀だ。
もっとも並べた食事に野菜が多かった時は眉を顰めて、ぶつぶつ何やら呟いてはいるけれど。
……だから、今回もいつも通りだと信じて疑わなかったのだが。
「……いつ帰ってきたんだ、こいつは」
ベッドを勝手に使っていたから、といって咎めることはしないだろう。
いや、いっそ咎めてくれた方が事態としてはまだマシだ。
きっと『そんなに私を想って寂しがっていたのかい』とでも言いながら、満面の笑みをするに決まっている。
少なくとも先ほどまでの夢の中のこいつはそう言っていた。
多分現実でもそう変わらないことを口にするだろう。
……気まずい。
というか気恥ずかしい。
寂しがっているわけじゃないと自分では思ってはいるが、黒鷹はそうは受け取らないだろう。
実際、そんな部分が全く無い、とも言えない部分もあるから後ろめたさもある。
もう帰ってきた時点でバレているだろうとは思ったが、それでもせめて黒鷹が目を覚ます前にと身体を起こし、ベッドを抜けようとした。が。
「やぁ、おはよう玄冬。そして、ただいま」
……背後から掴まれた手に自分の判断が少しばかり遅かったことを悟った。
「……おはよう。お前、何時頃帰ってきた?」
それでも後ろを振り向く気にはなれず、そんな問いかけだけすると小さな笑い声が響く。
「うーん、丑三つ時くらいだったかな。
いやぁ、びっくりしたねぇ。
帰って来たら君がベッドで待っていてくれたとは思っていなかったからな」
「待っていたんじゃない。
ちょっと……本を読んでいたら、自分の部屋に戻るのが面倒になって、ここを借りていただけだ。
大体お前こそ。帰ってくるのは今日の夕方じゃなかったのか?」
「用事が早く済んだから、予定を切り上げて帰ってきたんだ。
やはり数日離れると君の御飯が懐かしくなるしね、一刻も早く食べたいなぁと」
「そうか。それは作り甲斐があるな。
じゃあ、その懐かしいと言ってくれる飯を一刻も早く食べて貰うために、今から支度をしてくるから、手を離……」
「……すと思うのかい? 私が」
「……っ!」
声が近くなったと思った瞬間に不意をつかれて、腕をぐいと引かれ、再びベッドに寝っ転がってしまう姿勢にされた。
見下ろす顔は予想に違わず、嬉しそうなのが癪だ。
こっちが思いっきり不機嫌な顔をしているというのに、全く気にする様子も無い。
「一刻も早く食べたいんじゃなかったのか」
「そうだね、勿論君の御飯が食べたいのは確かだ。
でもそれ以上にまずは君が食べたい。それこそ今すぐに」
「朝から何のつもりだ!」
「朝だから、だろう?
いいじゃないか、せっかく硬くなっているんだし」
「それはただの生理現象だ!」
「……ほう? 先端を濡らしているのも? 生理現象だと?」
「……く……っ」
するりと寝間着の中に入り込んできた手に中心を握られて声が詰まる。
触れて、自分が口にした言葉がその通りだったことを確認したからだろう。
黄金色の瞳が愉快そうに細められた。
濡れ始めた部分を撫でる指先が少しずつ刺激を強めていく。
「答えたまえよ。ここがこうなっているのは本当に生理現象かい?」
「く……そ…………」
睨みつけるのと顔を背けるのとどっちが効果的だろう。
……いや、何をやってもこうなると逆効果だな。
自分でも触れられている部分が熱くなるのを自覚しているのに、黒鷹がわからないわけもない。
もう、どう行動しようと黒鷹を煽るだけだ。
「やっぱり君は可愛いねぇ。そうか、そうか。
そんなに私を想って寂しがってくれていたのかい」
「違う!」
「違うかどうかは、君の身体に聞かせて貰うことにするよ。
どうせ、シーツやカバーはこれから洗うつもりだったんだろう?
私が先日出掛けた時から変わっていないからな。
多少汚しても、洗濯する予定のものだったと思えば良心も咎めない」
「……よく言う。良心が咎めたことなん……か……ないくせ……にっ!」
「それは心外だ。
これでも家事を君に一任している身としては気になってるよ、少しはね」
「……っ」
黒鷹の顔が俺の肩口に埋められた。
聞こえてくる小さな口付けの音と、肌に広がっていく微かな快感。
乱れ始めた呼吸が自分のものなのは解っている。
予期していなかった出来事に良心が咎めているのは自分の方だということも。
……顔を覗かせた羞恥心には、これは夢の続きなんだと言い聞かせることにして目を閉じた。
2006/08/30&2006/09/06 up
『B&D』は黒玄メールマガジン(PC版)第24回配信分から。
『夢の続きを』は2006年黒玄の日に。
でもって、時間的に厳しかったので、エロを抜いたけど、ホントはがっつり書きたかったため、数日後リベンジしたのが夢の続きを~under.ver。
黒鷹が予定を切り上げて帰るのは滅多にないというのは、しょっちゅうやらかすと玄冬が警戒してしまうからだと思われます。
偶にやるからこそのハプニング。
結局、玄冬本人にはあまり自覚はないのですが、鷹が家を空ける時はちょっとだけ寂しがって、つい黒鷹のベッドを使ってしまうけど、それを玄冬は 深層心理下で気にしていて、夢に出てきたのですが、そしたら現実にも相手が戻ってきていたとかそんなオチ。
- 2008/01/01 (火) 00:17
- 黒玄