作品
それは甘い痛みの記憶
「っつ…………」
銀朱の執務室で仕事用の書類の枚数を数えていたら、指先に小さな痛みが走った。
どうやら、うっかり切ってしまったらしい。
「あ、玄冬、指切ったの? 大丈夫!?」
「ああ、平気だ。どうせこのくらいなら直ぐに塞がって消え……」
「ないでしょ、もう。君、普通の人間と変わらないんだから」
「あ……」
溜息混じりに呟いた花白の言葉にそういえばそうだった、と思い出す。
まぁ、どっちにしろ大した傷じゃない。
「そうだったな。……でも舐めてれば治る。心配するほどじゃないぞ」
「そりゃ、傷についてはそうかも知れないけどね。
僕はそういうことを言いたいんじゃないよ」
――そういうことを言いたいんじゃないよ。
不意にその花白の声に、脳裏で黒鷹の声が重なった。
――私はそういうことを言いたいんじゃないよ、玄冬。
……いつ、だっただろう。あれを言われたのは……。
***
「玄冬、少し腰を上げて……うん、それでいい。
良かった。傷つけてはいないみたいだな。
途中から加減が出来ずについ激しくしてしまったから、
切れていたらすまないことをしたなと気になったんだが。
……痛くはなかったかい?」
「……平気だ」
ほんの少し前まで身体を繋げていた場所を確認し、問われて俺がそんなことを言うと、黒鷹が安堵の息を吐く。
激しく熱を交わした後に決まって言われたことだった。
実際、黒鷹は挿れるときも気遣ってくれるし、偶に痛むくらいは確かにあったけど、行為で傷ついた経験なんてほとんどない。
それでも、あいつはいつも気に掛けていた。
「……そんなに気にしなくても大丈夫だ。
そもそも、多少傷ついたとしても直ぐに治る」
『玄冬』には回復能力が備わっている。
『救世主』以外によってつけられた傷は瞬く間に回復するように出来ている。
黒鷹も勿論例外じゃない。
だからこそ、幾ら愛撫を重ねたとしても俺の肌には口付けの跡一つさえ残らない。
そのことは当然黒鷹は知らないわけもないのに。
「……私はそういうことを言いたいんじゃないよ、玄冬」
少し苦笑を散りばめた顔が近くに来て、俺の額にそっとキスを落としていく。
髪を撫でてくれる手の優しさが行為の疲れと相まって眠気を呼び起こした。
「直ぐ治癒するのは確かだろうが、だからといって痛みを感じないわけじゃないだろう?
私は君に痛い思いなんてさせたくないよ。
それに、君は中々強情っぱりだからな。
黙っていると痛みがあっても、何も言わなさそうだ」
「……そんなことはない」
「そうだといいんだけどね。
まぁ、私が単純に自分が痛みに弱いから気になってしまう部分もあるのだろうけどな。痛いのは嫌いだ」
***
あんなことを言っていたくせに。
塔で花白に刺された時、あいつは「痛い」の一言も言わなかった。
黒鷹を抱きかかえた時に確かに治癒の力を送ってはいたけど、とても回復出来るような状態ではなかった。
それなのに、あいつは時々『大丈夫だよ』とでも言うかのように、軽く俺の背をあやすように軽く叩いたりまでして。
あれだけの傷を負っていて痛まないわけもなかっただろうに。
「……強情っぱりはどっちだ。……ったく」
「玄冬? どうしたの?」
「あ。いや、何でもない」
俺が強情っぱりなんだとしたら、それは確実に養い親譲りだ。
なぁ、そう思わないか? 黒鷹。
2006/11/10 up ※原型はブログで2006/07/10に。
PS2版花帰葬ネタバレ専用ブログで書いてたネタに多少手を加えた話。
PS2版での追加ED、15・16に入るルートの流れの時に
黒鷹が「立ってるのは苦しい」「ふらついてしまった」「肩を貸してくれないか」
くらいしか、傷に関わる発言をしてなかったのがやけに印象に残ってまして。
(ED15ラスト近くで研究者の所に向かう時には痛みに関わることは言っていたけれど)
あれは刺した花白に対しての気遣いもあっただろうけど、
やっぱり玄冬に極力心配させたくなかったとか、親としての矜持を保っておきたい、とかそういう面があったから「痛い」とは言わなかったのかなと。
黒玄フィルター標準装備の人間が見るとそんな解釈になりました。
でもって蛇足。
ここで銀朱がさりげなく傷薬を持っていて玄冬に渡し、花白に用意がいいね? とからかわれたら、
隊長が顔を真っ赤にして、「たまたまだ、たまたま!」と照れるという
そこはかとなく銀玄っぽいネタを絡めようかと思ったのですが、
玄冬の思考が黒鷹の方に飛んでいってしまっていて、
銀朱の気遣いが空回りにしかならなさそうだったのを不憫に思ったためにやめました。(…………)
でも、それでこそ隊長っぽいとか言ったら気の毒かな……。(笑)
- 2008/01/01 (火) 00:22
- 黒玄