作品
惚れたものの負け
[Kurotaka's Side]
ダイニングに一歩踏み込んだ瞬間に、テーブルの上に並んだ、品々に思わず固まった。
温められたミルクとこんがりと焼けたパン、まではいい。
が、トマトスープ、野菜サラダ。
どちらも見事に緑のもので構成されていて、肉は欠片たりとも見当たらない。
それどころか卵を使った料理さえない。
「…………玄冬」
「ぼやくな。わざとじゃない。今朝は鶏が卵を生んでなくて、腸詰肉を使う気でいたら、在庫が切れていたんだ。
……昨夜は確かにあったんだがな」
「う」
じろり、と睨みつけてくる視線に言い返せる言葉は無い。
他の誰でもなく、そのあったはずの腸詰肉を酒と一緒につまんでいたのは私だ。
「まぁ、在庫を十分に作っておかなかった俺も悪い。
午後には村に下りて、色々買い足したりするから、朝と昼は我慢しろ」
「ちょっと待ちたまえ! 昼もかい!?
家畜を何か捌けばいいじゃないか!」
「それだと時間掛かるの知ってるだろう。
今日は午前一杯洗濯をやるつもりなんだ」
「明日でもいいじゃないか!」
「……とお前が言って、朝っぱらからベッドに雪崩れ込んだのは昨日の話だな」
「……っ」
思わずくるりと踵を返しかけたところで、玄冬にしっかりと腕を掴まれる。
「……えーと、離してくれないかい?」
「逃がさん。好き嫌いをするのもいい加減にしろ。
夜にはちゃんと肉を出してやるから大人しく食え」
「いやぁ、お店に頼んでいた本を受け取りに行くついでに、その近辺で食事を済ませようかな……なんて」
「まだ本屋は開いてない時間だろう。席に着け」
「ははは、待ち望んでいた本だから一刻も早く行きた……」
「食え。……でないと無理矢理食わせるぞ」
「何時までそう言っていられるかな?」
「何?」
「とぅっ!」
「っ!」
玄冬の額をぴんと指で弾いて、怯んだ隙に鳥形に変化した。
そして天井近くまで飛び上がる。
「……っの! 降りて来い、黒鷹!」
「嫌だね! 二食連続で野菜尽くしなんて冗談じゃない」
そのままダイニングを飛んで出ようとしたら、低い声がぼそりと言葉を紡いだ。
「どうしても行くのなら、一週間一切俺に触らせないからな」
「…………なっ! 抱く、じゃなくて触らせない!?」
「ああ、それだけじゃない。半径1メートル以内に近づくな」
「ちょ、待ちなさい! それは余りに酷いよ!
スキンシップは大事だよ!?」
近くにいるのに指一本触れられない。
そんな酷なことがあるだろうか。否、ない。
「行くのか? 行かないのか?」
ここにとまれ、と言わんばかりに差し出された腕に降参するしかなかった。
玄冬の腕を目指して飛んで、肘近くにとまり、一呼吸おいてから人型に戻って、玄冬を抱きしめた。
この温もりに一週間も触れられなかったらたまらない。
それでも頭を撫でながらついぼやきが出る。
「お父さん、親を脅迫するような子に育てた覚えはないんだけどなぁ……」
「人聞きの悪い言い方をするな。脅迫したつもりはない。
それにそもそもお前が昨夜……」
「わかった、わかったよ。
大人しく食べるから、君が私に食べさせてくれる、くらいの恩恵はあっていいだろう?」
「……お前の方が子どもみたいだな」
「放っておいてくれたまえ」
「――――……だろう…………――――た」
「うん? 何か言ったかい?」
「何でもない。ほら席に着け」
「はいはい」
まぁ、いいか。
中々いい気分にさせてくれる言葉が聞けたからね。
本当は聞こえていたよ、と夜に言ったなら。
この子はどんな顔をするだろうか。
――出来るわけないだろう。
――これで行ってしまったらどうしようかと思った
きっとそれはベッドの上で極上のスパイスになってくれるだろう。
夜の楽しみを思えば、朝と昼の野菜尽くしは大目に見よう。
[Kuroto's Side]
ダイニングに踏み込みかけた黒鷹の表情が、テーブルの上を見て固まる。やっぱりな。
肉はおろか、卵料理さえない。
見事に野菜だらけの食卓を見て、黒鷹が普通に席につくわけが無い。
「…………玄冬」
案の定、恨みがましい視線と不服そうな声。
「ぼやくな。わざとじゃない。
今朝は鶏が卵を生んでなくて、腸詰肉を使う気でいたら、在庫が切れていたんだ。
……昨夜は確かにあったんだがな」
「う」
そう、あった。
確認したはずなのに、と一応台所を漁ったらゴミ箱から腸詰肉を密封していた袋、それに横に酒の空き瓶があったのだ。
大方、晩酌ついでに摘んだんだな、と察しがつく。
顔色から察するに予想は正しかったらしい。
他に思いつく理由もないといえばないが。
「まぁ、在庫を十分に作っておかなかった俺も悪い。
午後には村に下りて、色々買い足したりするから、朝と昼は我慢しろ」
「ちょっと待ちたまえ! 昼もかい!?
家畜を何か捌けばいいじゃないか!」
「それだと時間掛かるの知ってるだろう。
今日は午前一杯洗濯をやるつもりなんだ」
「明日でもいいじゃないか!」
「……とお前が言って、朝っぱらからベッドに雪崩れ込んだのは昨日の話だな」
「……っ」
――ちょ……待て! これから洗濯をしな……っ……あ!
――明日でも出来るだろう? 私は今、君に触れたいんだ。
結果、汚したシーツも洗濯物に加わった。
これ以上洗濯物を溜め込むのはごめんだ。
睨みつけると、黒鷹はすっと視線を逸らし踵を返そうとしたから反射的にその腕を掴む。
強張った笑顔には冷ややかに応じた。
「……えーと、離してくれないかい?」
「逃がさん。好き嫌いをするのもいい加減にしろ。
夜にはちゃんと肉を出してやるから大人しく食え」
「いやぁ、お店に頼んでいた本を受け取りに行くついでに、その近辺で食事を済ませようかな……なんて」
「まだ本屋は開いてない時間だろう。席に着け」
「ははは、待ち望んでいた本だから一刻も早く行きた……」
「食え。……でないと無理矢理食わせるぞ」
往生際が悪いにも程がある。
が、そこで黒鷹がにやりと口元だけで笑った。
「何時までそう言っていられるかな?」
「何?」
「とぅっ!」
「っ!」
額を弾かれて、瞬間走った痛みに思わず手の力が抜ける。
その隙に黒鷹は鳥形になり、手の届かないところまで翼で飛んだ。
「……っの! 降りて来い、黒鷹!」
「嫌だね! 二食連続で野菜尽くしなんて冗談じゃない」
そもそも誰の所為だと!
……お前がそういうつもりなら、こっちにだってそれなりの考えはある。
「どうしても行くのなら、一週間一切俺に触らせないからな」
部屋を出て行こうとした黒鷹の翼の動きが瞬間ぴたりと止まった。
「…………なっ! 抱く、じゃなくて触らせない!?」
「ああ、それだけじゃない。半径1メートル以内に近づくな」
「ちょ、待ちなさい! それは余りに酷いよ!
スキンシップは大事だよ!?」
バサバサバサと派手に音を立てて抗議する。
これは決まったな。
「行くのか? 行かないのか?」
最終通告とばかりに問いかけつつ、確信を持って腕を差し出す。
黒鷹はそこに止まるはずだ。
そして、予想通りにほんの少し躊躇ってから黒鷹はこっちに飛んできて、
腕に止まり、軽く溜息をついてから人型に戻った。
抱きしめられた腕には逆らわず、頭を撫でるのもそのまま放っておく。
「お父さん、親を脅迫するような子に育てた覚えはないんだけどなぁ……」
「人聞きの悪い言い方をするな。脅迫したつもりはない。
それにそもそもお前が昨夜……」
「わかった、わかったよ。
大人しく食べるから、君が私に食べさせてくれる、くらいの恩恵はあっていいだろう?」
「……お前の方が子どもみたいだな」
「放っておいてくれたまえ」
「……出来るわけ……ない……だろう」
ごく小さく黒鷹には聞こえないように呟く。
……これで行ってしまったらどうしようかと思った。
「うん? 何か言ったかい?」
「何でもない。ほら席に着け」
「はいはい」
思ったよりは上機嫌といった様子で黒鷹が席に着いて、俺にフォークを差し出す。
……やれやれ。
苦笑を零しながら受け取り、サラダのトマトを突き刺して開いた口に食わせた。
大人げのない親を持つと苦労する。
2006/?/? up
かつて運営していた企画サイトFlower's Mixでサンプル用に置いてた話の一つ(黒鷹視点)&Web拍手につっこんでいた分(玄冬視点)を合体。
もう一つの話はこちら。
ちなみに、サンプル原案内容は以下。
『黒玄。日常の甘いやりとりの話で。他のキャラは出さない方向で。
(会話の中で出て来る程度までならOK)
「何時までそう言っていられるかな?」と言う台詞を
話の何処かで黒鷹に言わせてください。』
サンプル用なので、がっつり趣味に走りました(爽)
こちらは、野菜論争な日常ほのぼの。
- 2008/01/01 (火) 00:23
- 黒玄