作品
いつだって望むのなら
[Kuroto's Side]
「……いたた……傷に薬が染みるよ」
「少しくらい我慢しろ。
治してやると言ったのに、このくらいで力を使うのは止めろと言ったのはお前だろうが。
……にしても。随分と今日は派手にやりあったな」
黒鷹の指先に傷薬をつけ、包帯を巻きながら全身を眺める。
見事に全身羽だらけだわ、あちこち爪で引っかかれて服が破れているわ、
指先は傷だらけだわ、所々に泥はついているわ、中々に凄まじい惨状だ。
黒鷹が自由に空を飛べるのを妬んでいるのか、鶏小屋のボスのあいつはよく黒鷹につっかかる。
今日もあまりに鳴き声が凄かったので、小屋に行って見たらこれだ。
「うっかり、あれが見ている前で鳥の姿になってしまったからねぇ……。
いつも以上につっかかられた。
いやはや、もてる男は辛いね。妬けるかい?」
「………………」
馬鹿馬鹿しくて何も言う気がしない。
返事の代わりに溜息で返すと、拗ねたような声で応じられた。
「……玄冬、玄冬。こういう時はつっこんでくれないか。
黙って溜息を吐かれるのは切ないよ」
「つっこむ気も失せる。付き合いきれん。ほら、手当てが終わったぞ」
「ああ、すまないね。有り難う」
「とりあえず、湯を浴びて来い。お前格好が凄いことになってるぞ」
「そうだねぇ。では、君も一緒に」
さもそれが当然であるかのように笑顔で言われて、首を傾げる。
「何で俺まで」
「だって、この手じゃちょっと洗うのに不都合じゃないか。
こういうときはやはり君に全身洗ってもらおうかと」
「だから、治してやると言ってるのに」
「ノン!
こういうときは『わかった、洗ってやる』って言ってくれないと!
せっかくだから、君に髪を洗ってもらったり、腕を洗ってもらったり、脚を洗ってもらったり、それ以外にも隅々まで洗ってもらおうと思っ…………あっ!?」
「これで洗うのに不都合はないな。やっぱり最初からこうすれば良かった」
黒鷹の腕を掴み、そのまま治癒の力を送り込んだ後、指先の包帯を解いた。
傷の数は多かったが、あまり深くはなかったから、もう一通り完治している。
使った傷薬と包帯が無駄になったなとは思ったが、この先、数日分を使うことが無くなっただけ、まだいいはずだと半ば無理矢理納得した。
「治さなくていいと言ったじゃないか。折角の機会だったのになぁ」
「俺はまだ小屋の片付けがあるんだ。
……先に風呂に行ってろ。俺も後で行くから」
「玄冬?」
「……理由なんて作らなくても、洗って欲しいのなら洗ってやるから…………わっ!」
「あー、もう! 君は本当に可愛いことを言ってくれる」
「羽と泥だらけの身体で抱きつくな! こっちまで汚れる!」
「どうせ後で風呂に入るんだからいいじゃないか。
先に行ってるよ。私がのぼせる前には来てくれたまえ」
「わかったから、とっとと行け」
自分で顔が紅潮しているのがわかってしまう。
対する黒鷹が満面の笑みを浮かべているだろうことも、容易に予想がつき過ぎて、まともに顔をみるのも気恥ずかしい。
後の展開もきっと予想を裏切らないものになってしまうだろう。
……俺も大概、黒鷹には甘い。
[Kurotaka's Side]
「……いたた……傷に薬が染みるよ」
傷はどれも浅いが数が数なので、指先がひりひりする。
だから、ついそんなことを口にしてしまったが、その途端に玄冬に軽く睨まれた。
「少しくらい我慢しろ。
治してやると言ったのに、このくらいで力を使うのは止めろと言ったのはお前だろうが。
……にしても。随分と今日は派手にやりあったな」
ごもっとも。
確かにそう言ったのは私だ。
玄冬の治癒の力は使うと少し玄冬の身体に負担をかける。
玄冬の身体では負担がかかっても、その回復自体早いといえばそれまでだが、些細な傷では力を使わせたくはない。
今日はつい鶏小屋のボスが私を見ていたのに気付かずに、鳥の姿になってしまったのがまずかった。
変化した瞬間にいきなり乗りかかられ、散々蹴られたり突っつかれたりで、騒ぎに気付いて玄冬が引き剥がしてくれるまでに随分とやられてしまった。
あれと相性が悪いことは重々わかってはいたのだが。
「うっかり、あれが見ている前で鳥の姿になってしまったからねぇ……。
いつも以上につっかかられた。
いやはや、もてる男は辛いね。妬けるかい?」
「………………」
返って来たのは冷ややかな視線と盛大な溜息。
「……玄冬、玄冬。こういう時はつっこんでくれないか。
黙って溜息を吐かれるのは切ないよ」
「つっこむ気も失せる。付き合いきれん。ほら、手当てが終わったぞ」
「ああ、すまないね。有り難う」
「とりあえず、湯を浴びて来い。お前格好が凄いことになってるぞ」
確かに。
人型に戻った時にはあちこち服が破れていたり、羽根が纏わりついていたり、やりあった際の泥で所々が汚れていたりで、今は人様の前に出るのが憚られるような有様になっているから、玄冬の言うことは至極もっともだ。
ああ、そうか。いいことを思いついた。
指先に巻かれた包帯に使えるな、とにやりと自分の口元が緩むのがわかる。
「そうだねぇ。では、君も一緒に」
「何で俺まで」
「だって、この手じゃちょっと洗うのに不都合じゃないか。
こういうときはやはり君に全身洗ってもらおうかと」
そう、これこそ怪我人の役得だ。
せっかくの機会を無駄にすることはない。
「だから、治してやると言ってるのに」
「ノン!
こういうときは『わかった、洗ってやる』って言ってくれないと!
せっかくだから、君に髪を洗ってもらったり、腕を洗ってもらったり、脚を洗ってもらったり、それ以外にも隅々まで洗ってもらおうと思っ…………あっ!?」
玄冬が唐突に私の腕を掴んだかと思うと、ふ、と指先の痛みが引いていった。
「これで洗うのに不都合はないな。やっぱり最初からこうすれば良かった」
そして、玄冬の手で指先の包帯が解かれていく。
……あーあ。見事に治ってしまっている。
目論見が潰れて、肩を落とした私は悪くない、と思う。
「治さなくていいと言ったじゃないか。折角の機会だったのになぁ」
「俺はまだ小屋の片付けがあるんだ。
……先に風呂に行ってろ。俺も後で行くから」
「玄冬?」
意図がイマイチ伝わりきらず、言葉の先を促すと玄冬が少しだけ照れたような顔で呟いた。
「……理由なんて作らなくても、洗って欲しいのなら洗ってやるから…………わっ!」
呟きが言い終わらないうちに、つい目の前の玄冬に抱きつく。
嬉しいというか、何というか。
たまらないね、この子は。
時に予想以上に私を喜ばせてくれる。
「あー、もう! 君は本当に可愛いことを言ってくれる」
「羽と泥だらけの身体で抱きつくな! こっちまで汚れる!」
「どうせ後で風呂に入るんだからいいじゃないか。
先に行ってるよ。私がのぼせる前には来てくれたまえ」
キスと呼べないくらいに軽く唇を耳に触れさせてから、玄冬から離れた。
もう、耳まで真っ赤だ。
「わかったから、とっとと行け」
視線を逸らして拗ねたように言った玄冬の頭を軽くぽんと叩いて風呂場に向かった。
さて、風呂場でどう楽しませてもらおうかな。
あの子が来るのを待ちながら、色々考えるとしよう。
2006/07/26 up
黒玄メールマガジン(携帯版)第23回配信分(玄冬視点)とWeb拍手につっこんでいた分(黒鷹視点)を合体させました。
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- 2008/01/01 (火) 00:27
- 黒玄