作品
Vaghissima sembianza...
「ん……あれ? ……黒……鷹?」
目を覚まして、まだおぼろげな意識の中で手を伸ばした先には、いつもならばあるはずのぬくもりがなかった。
一緒に寝たときに限って、あいつが俺より早く起きるのはいつものことだが、大抵目が覚めたときにはいるのに。
「どこに行ったんだか……まぁ、いい朝食でも作……」
とりあえずは起きて着替えようと、身体を起こして、いつも服を脱いで置いている寝台の傍の椅子を見ると、そこには何もなかった。
確かに寝る前に脱いだ服はそこに掛けていた筈なのに。
「あれ……?」
部屋中を見渡しても、俺の服が見当たらない。
……なんだろう。この激しく嫌な予感は。
「やあ、起きたようだね。おはよう! 玄冬」
ちょうど、その時。
部屋の扉が勢いよく開いて、黒鷹が入ってきた。
嫌味なほど清々しい表情に、嫌な予感が3割増だ。
「おはよう。お前、俺の服をどうした?」
「ふっふっふ……君が今日着る服はこれさ!」
ばさりと盛大な布のはためく音と共に黒鷹の手で広げられた服は濃紺の……いや、色はどうでもいい。
問題なのは、それが随所にフリルだとかリボンだとかが散りばめられている、つまりは『ドレス』の部類、どこをどう見ても女物の服だという点だ。
「いやぁ、先日里に下りたときに、これを見かけてね。
あまりに可愛かったものだから、ぜひ君に着せたいと注文して作ってもらっていたのが、やっと昨日でき……」
「……付き合ってられるか」
酔狂にも程がある。
シーツだけ身に纏って、自分の部屋に置いてある分の服を取りに行こうとしたところで、黒鷹が笑いを含んだ声で呼び止める。
「ああ、言って置くけど。
君の服は全部隠してしまってあるから、部屋に行っても何もないよ」
「……っ!」
それならこの際黒鷹の服でもと、黒鷹の寝室から繋がっている衣装室に向かおうとすると、さらに追い討ちが来た。
「ついでに、私の服も今はそこにない。
今、私が着ているもののみだ。君に選択肢はないよ?」
「どこにやった?」
「そうだねぇ。この家の中じゃないことだけは確かかな」
「なら、お前の着てる服をよこせ……っ」
「おやおや、大胆な意見だねぇ……おっと」
捕まえようとした寸前で、黒鷹が鳥形態になって天井近くに逃げる。
その拍子に顔に黒鷹が持っていた服がばさりと被った。
服を取り去り、床にそのまま落として、嬉しそうに羽ばたきをしている
黒鷹を睨みつけた。
「卑怯だぞ、お前!」
「なんとでも言いたまえ。……さぁ、どうするね?
ああ、私としてはその姿のままで一日過ごしてくれても、勿論、全然構わないのだが」
「……くそ……っ……!」
悔しいことに、まともに動ける分は、シーツよりその服の方がましだった。
黒鷹の思う壺だというのが、癪だったが。
***
「うーん、やっぱり思ったとおり似合うねぇ。
いやあ、私の目に狂いはなかったということだな!」
「……言ってろ」
とっくに人型に戻って、満面の笑みを浮かべながら、黒鷹が俺の手を取って、指先に口付けを落とすことに抵抗する気力もない。
朝っぱらから、既に一日過ごしたあとのような疲労感が漂っている。
「なんだい、浮かない顔だねぇ」
「誰のせいだと思っている」
「そんなにその服が嫌かい?」
「そりゃあな」
「……できれば脱ぎたい?」
「当たり前だ」
「仕方ないねぇ……」
「あ……? っ!? な……っ!?」
いきなり、身体が宙に浮く。
横抱きにされたかと思うと、そのまま寝台まで連れてこられ、寝かされて、黒鷹に覆いかぶさられる。
しっかりと肩を押さえつけられて。
「何のつも……!」
「脱ぎたいんだろう? だから脱がせてあげるよ。
まぁ、もう着てるところは十分楽しませてもらったし」
「自分でや……」
「玄冬。服の楽しみには2つあるのを知ってるかね?」
「……あ?」
物凄く嫌な予感がする。
いや、もう予感というより確信に近い。
「一つは、純粋に着ている姿を楽しむ。
そして、もう一つはその服を脱がせることを楽しむ」
「! ちょっと待……!」
「却下だ。じゃあ、2つ目の楽しみを味わわせてもらうとしようかね♪」
「~~~~~!! きの……っん…………!」
昨日もしただろうと言いかけた口はキスで塞がれた。
胸元から滑りこんだ手に、服を仕立てた人間には申し訳ないが、早々に別のものに作りかえようと心に決めた。
2004/12/02 up
Sさまのサイトの日記にあったゴスロリ玄冬に啓発されて、衝動で一気に裏絵日記に書き上げたものです。
その時はタイトル特に付けてませんでした。
ちなみにこれはイタリア語で「限りなく優雅な絵姿」w
ドナウディのイタリア歌曲からタイトル取りました。
- 2008/01/01 (火) 00:35
- 黒玄