作品
告げる指先
髪にそっと触れる指で、目を覚ました。
まだ気だるさの残る身体では、目を薄っすらと開けるので精一杯だったが、触れてきた本人は俺が起きたことに気がついたらしい。
「ああ、すまない。起こしてしまったかな」
「いや……俺はどのくらい寝ていた?」
「2時間くらい、かな。私もついさっき目を覚ましたところだけどね」
その言葉に眠る前のことを思い出す。
激しく求め合って、達した直後、いくらも経たないうちに睡魔に引き摺りこまれたんだったな。
その時に散々汗をかいたりしたせいか、考えた瞬間に酷く喉が渇いた。
「水……欲しい」
「お茶ならさっき淹れたからそこにあるよ。それでも?」
黒鷹の視線の先を追うと、サイドテーブルの上に乗っているポットとカップを見つけて、こくりと頷いた。
「カップを新しく持ってこようか? それとも口移しで飲むかい?」
「口移しで……口移しがいい」
「ちょっと激しすぎたかな。まだ身体がだるい?」
「ん……」
「少し待ちたまえ。……ん」
「ん……」
黒鷹がサイドテーブルのカップを手にし、お茶を口に含むと俺の唇と重ねた。
それに合わせて唇を小さく開くと、少し温度の下がったお茶が喉に流し込まれる。
僅かに口の端を伝ってしまった分は、枕につく前に黒鷹の指が拭ってくれた。
「ありがとう」
「いいや。すまないね、ちょっとやりすぎたようだ。
父の日の贈り物を貰う代わりに加減無しに威勢良く求めてしまった」
「……ちょっと待て。そんな目論見があったのか?」
勿論、日付が変わったら父の日なのは知っていた。
それもあって、黒鷹が請うままに応じていたのだが、まさかそれが、そこからの計算によるものだとは思わなかった。
「だって、せっかくの日だろう? 貰えるものは貰っておかないと」
「これは貰うというより、奪うという言葉の方が正しくないか?
別に贈り物は考えていたのに」
「君が毎年、色々考えてくれているのは知っているけどね。……玄冬」
「うん?」
「贈り物はいらないよ。
君、毎年この日になると凄く甘く接してくれるじゃないか。
私はそれで十分だよ」
黒鷹の指が再び俺の髪を撫でる。穏やかに笑いながら。
「黒……鷹」
「君の気持ちよりも貴い贈り物は存在しないし、他のものより何より私が欲しいのは君だからね。
君がこうして私に全て委ねてくれることが何より嬉しい」
「……でも、それじゃいつもと変わらない」
「そんなことはないよ」
柔らかい印象を浮かべた金の瞳が近づいてきて、軽く俺の額に口付けを落とす。
「記念日なんて、本人の意識の問題だ。
私は毎年この日は温かい気持ちになれるし、満たされた思いがする。
君だって、そうじゃないのかい?」
「…………それは……」
即答できなかった時点で、肯定しているようなものだ。
俺も手を伸ばして、黒鷹の髪を撫でると小さく笑う気配がした。
「じゃあ、今日は……俺は何をしたらいい?」
「一日中、ベッドの中でごろごろしながら、話をしたりして、時折は戯れる。
今日くらい、家事なんてしなくてもいいだろう?
傍にいなさい」
「父の日の要求じゃないな」
「自覚くらいはあるさ」
再び黒鷹が唇を重ねてきて。
「で? その案を呑んでくれるのかな? 玄冬」
「お前の好きにしろ。応じてやるさ、今日は、な」
わかっていたつもりだが、どうやら、我が家の父親は世間一般の凡例に
当てはめてはいけないようだ。
……やれやれ。
だけど、そんな親も悪くない。
2006/06/18前後 up
Kfir(閉鎖) が配布されていた「やさしい恋・10題」、No8より。
2006年の父の日ネタです。
父の日らしさは皆無ですが(笑)
- 2008/01/01 (火) 00:38
- 黒玄