花帰葬-Novel

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preghiera

強くて、美しい人だと思った。
外見的なものだけでなく、内面的なところでも。
私は産まれたばかりの赤子を抱く、その女性にその子どもこそが『玄冬』であると、世界の滅びの媒介になる者なのだと告げても、顔色1つ変えずに笑っていた。
 
「それでも、この子は私の子どもに違いはありませんから。
『玄冬』としての運命がこの子にあるというのなら、この子はきっとそれを背負うことができるから、産まれてきたのだと。
私はそう思います」
 
そう言った、女性の顔は確かに1人の『母親』の顔だった。
 
***
 
「あら、いらっしゃい。黒鷹さん」
「お邪魔させていただくよ。……ほう、ずいぶん人間らしい感じになったものだ」
 
玄冬を護る仕事というのは勿論あったが、それだけでなく、居心地の良い空間に引かれて、頻繁に玄冬とその母の元を訪ねていた。
不吉を運ぶ黒の鳥。
なのに、彼女はいつも朗らかな笑顔で迎えてくれた。
玄冬の父にあたる彼女の夫は、戦地に行ったまま帰らないのだという。
二人きりの生活。
それで一度、何故笑っていられるのかと聞いたら、

「私にはこの子がいますから」

と当たり前のように返された。
彼女の腕の中の玄冬を見ると、目を覚ましていて私のほうをじっと見ている。
産まれたばかりの玄冬は赤くくしゃくしゃな顔で、これが他の人間と同じように育つのかと、不思議な思いをしたものだったが、ちゃんと育っていくものだ。
 
「たまには抱いてみますか? この子を」
「え? ……その、私は赤子を抱いたことがないのだが」 
「大丈夫ですわ。誰だって最初は初めてですもの。ほら」
「え……あ……」
 
優しく支えられつつ、ぎこちないながらも抱きかかえてみた。
玄冬は泣くこともなく、声にならないような音を呼吸に乗せた。
甘えたように聞こえたのは気のせいだろうか?
 
「ふふ……きっとその子にもわかるのでしょうね。
貴方が自分を護ってくれる存在だというのが」
「……そうなのかね」
 
腕の中の暖かい体温に、感じたのは確かに愛しさ。
不意に先代の玄冬が息絶え、冷えていく体温を思い出した。
……死なせてたまるかと、もう二度とあんな風にはさせないと。
それに少なくとも、この母の元で育っていけるのなら、この子は世を儚みはしないだろう。
きっと、自分のあるがままに生きる事を教えてくれるだろう。
彼女が玄冬の母で良かったと思った。
この時は、穏やかな優しい時間がじきに終わりを告げようとは考えてもいなかった。
 
「……っ!! 白梟……!?」
 
酷く不安な、胸を突かれる予感に、慌てて玄冬たちの元に私が訪れたときにはもう遅かった。
部屋の中に充満する血の匂い。
胸をナイフで突いて床に伏せっている玄冬の母。
血だらけの服を纏って泣き叫んでいる玄冬。
……そして、血を浴びつつもぞっとするような微笑みで立ち尽くしている、私の片翼たる白梟。
 
「……貴方は、何を」
「勘違いしていたようですからね。この女性は。
だから教えてあげたのですよ」
「勘違いだって……?」
「ええ、この化け物を普通の子だと、愚かにもそんな勘違いをしていましたからね。
だから、証明してあげたのですよ、これの腹を切り裂いて、臓腑を取り出し、突き刺して。
なお、それでも死ぬことはない化け物だと」
「……っ!」
「己の子だと思うのは愚かだと。
それを受け入れられなかったのでしょうね。
彼女は私が玄冬を刺したナイフを取り上げ、自分で胸を突いたのですよ。可哀想に。
玄冬を産んだ器になったばかりに、発狂してしまうなんて……ね」
「……貴方という人は……!」
 
頭に血が上って、つかみかかろうとしたとき、玄冬の泣き声が一際大きく響いた。
……そうだ。わかっていたはずなのだ。
主がこの箱庭を去ったときから、少しずつ、緩やかに白梟が壊れていったことを。
白梟には主が最優先で、他のことなど、もう目に映ってはいないのだと。
それは片翼の自分でさえも例外ではなく。
わかっていながら、白梟にまで箱庭を去ってほしくなくて、何も言わずにいたのは私。
これは白梟だけのせいではない。
自分にも責の一端はあるのだろう。
玄冬を抱き上げ、そっと揺らした。
ほどなく彼は泣き止み、眠りについた。
せめて、この子だけは護らなければ。
命だけでなく、存在を、全てを。
 
「……出て行ってくれないか。白梟。……もう十分だろう」
 
白梟の方には見向きもせずに、ただそれだけ言った。
 
「黒鷹。貴方はそれをどうするつもりです?」
「愚問だね。私はこの子を護るのが役目だ。
親がいなくなったのだから、私が育てるさ」
「……いずれ、殺されることがわかっているのに?」
「殺させはしないよ。もう、前のようにはさせない。
行き給え。しばらく、貴方の顔を見たくはない」
 
しばしの沈黙の後、白梟の気配が消えた。
転移装置で移動したのだろう。
 
「……すまない。玄冬」
 
私が至らなかったばかりに、君から大切なものを奪ってしまった。
腕の中の子を起こさないよう、そっとそれだけ呟くと、傍らの既に事切れた玄冬の母の遺体に目を向けた。
……発狂か。
彼女は化け物に畏怖したのではないよ、白梟。
ただ、彼女は自分の子どもが無残に傷つけられるのが耐えられなかったんだ。
だから、それ以上傷つけまいとして、ナイフを自分に突きたててしまったのだろう。
 
「貴方の想いにはかなわないのかも知れないが」
 
返事を返すことはないとわかっていながら、ただ語り掛けた。
 
「……せめて、もうこんな風に傷つかせたりはしない。
貴方が玄冬を思っていた分まで私がこの子を思って、育てていくよ。
だから、もしも祈れるのであれば」
 
どうか、この子の生が意味のあるものになるように、命を受けてよかったのだと思えるように。
貴方のように優しい人になれるように。
 
「どうか……祈っていてくれ」

2004/05/30 up
玄冬が産まれたばかりの頃の黒鷹の話。黒鷹視点。
花帰葬にハマって間もなくの頃、副読本発売前に執筆した話です。
(なので、玄冬母が彩紅さんではありません)
当時、開催されていた黒翼祭という黒鷹メイン企画に出展したもので、2本目に書いた花帰葬話でした。
古い話なので設定等もアレですが、作品を置いている位置の所為もあるのか、割と感想を頂ける機会の多かった話の一つで、結局JunkからNovelに移しましたw
なお、この設定でもう一本、プラスディスク発売後に書いたのが、
この両腕に抱きしめてです。

  • 2013/09/13 (金) 08:02
  • 黒親子(カプ要素無)

タグ:[黒親子][黒鷹][玄冬][白梟][玄冬母(not彩紅)][黒鷹視点]

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