作品
この両腕に抱きしめて
「ふぁ……あー」
「はいはい。どうしたの? 玄冬」
玄冬の母親が泣きかけた玄冬の傍に直ぐに行き、抱き上げる。
やがて収まった泣き声に、そういえばこの人は玄冬が泣いたら、
いつだろうと瞬時に寄って抱き上げるな、と不意に気付いた。
「いいのかね?」
「はい?」
「いや、あまり抱くと子どもに抱き癖がつく、とか言わないかい?」
「ああ、そういうことですか。問題ないと思いますわ」
「なぜ?」
「抱きしめるのは可愛いからですもの。愛情の証ですわ。
目一杯抱きしめた分、優しく育ってくれる気がしません?」
「……そういうものかな」
「ええ。きっと。それにね、どうせ男の子なんて年頃になったら、抱きしめさせてくれやしないんですから」
それなら、今のうちに目一杯抱いておかなくては、と笑った顔がとても穏やかだった。
***
「……抱き癖がついてしまったのは私かな」
腕の中で小さな寝息を立てている玄冬の髪を、起こさないようにそっと撫でながら苦笑する。
目一杯抱きしめて、優しい子に育てるといったあの人が亡くなったのはあれからまもなくだった。
玄冬を抱きしめてあげられなくなった彼女の分も、抱きしめて育てようと。
いつだって抱きしめて温もりを伝えた。
そうしていつしか。
温もりを手離せなくなってしまったのは私だった。
唯の親子としてではなく、愛しい相手として抱きしめるようになってからはなおさら。
「でも、君のお母さんが言っていたのは本当だったな」
抱きしめた分、優しく育ってくれる気がする。
ああ、この子は本当に優しい子に育った。
優しすぎて、時々不安になることもあるけれど、それでもやっぱり抱きしめて育ててよかったと思える。
温もりを求めてか、眠っているままに玄冬が身を寄せてきた。
そんな様子さえ、たまらなく可愛くて仕方が無い。
そっと玄冬の身体に腕を回すと、僅かに表情が和らいだ気がした。
「何度でも抱きしめるよ」
ずっと、ずっとこの両腕で抱きしめよう。
君も優しい子になってくれたけど、私も君を抱くことで、昔よりずっと優しくなれたのだから。
2005/11/13 up
黒玄メールマガジン(PC版)第17回配信分。
preghieraでの設定による話。
自分で久々にそれを読み返していて、黒鷹が玄冬を抱きしめまくって育てたきっかけとかって~と浮かんで出てきた話だったような。
既にプラスディスク発売後だったのですが、あえて書いてみた。
- 2013/09/13 (金) 08:04
- 黒親子(カプ要素無)
タグ:[黒親子][黒鷹][玄冬][玄冬母(not彩紅)][黒鷹視点]