作品
いつかの……
「黒鷹、黒鷹! 寝る前にご本読んで!」
「うん? いいとも。何のお話を読もうか」
「えっとね、これ」
「ほう? どれど……」
見慣れない表紙だな、と渡されて頁を捲って一瞬声が詰まった。
……遥か昔の物語。
今はもう御伽話にさえなっていないはずの……。
「……玄冬、これをどこで?」
「ご飯の時にいつもの人に渡されたの。どうぞって」
「…………そう、か」
「……ダメなの?」
「いや、いいよ。読もう。知りたいんだろう?」
ぽんと玄冬の頭に手を置いて、寝室に促すと無邪気な笑顔が返ってきた。
何も知らないからこそ出来る……昔の君には絶対に出来なかった顔が。
***
「……それで魔王は救世主によって倒され、世界は再び春を迎えたのでした」
結局、玄冬と書いてあるところは伏せて、『魔王』という呼称で話を進めた。
まだこの子が難しい字を読めなかったのが幸いだ。
誤魔化したところで分からずに済む。
「魔王についていた、黒い鳥はどうなったの?」
「さぁ……どうしたんだろうね」
「……俺ね、きっと魔王が死んだ後は哀しくて仕方なかったと思う。
だって、俺が黒い鳥でもきっと哀しいもの。
折角守っていたのに死んじゃうなんて。
守るくらいだったら、絶対魔王のことが好きだっただろうから」
「……じゃあ、もしも。君が魔王だったとしたら。
黒い鳥を哀しませないようにするのかい?」
「うん。だって魔王についてるのは黒い鳥だけなんでしょう?
だったら、黒い鳥にも魔王しかいないもん。
それなのに、魔王を殺して全部おしまいっておかしいよ。俺は嫌だ」
「…………何時までそう言っていられるかな?」
「……黒……鷹?」
つい、皮肉交じりに零れた言葉。
私の顔色を伺う玄冬。
……しまった、そんなことをいうつもりではなかったのに。
「……っと、ごめんごめん。なんでもないよ。
……さ、お話は終りだ。もう寝なさい」
「ん…………ねぇ、黒鷹」
「うん?」
「なんでもない。……おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
目を閉じた玄冬の髪をそっと撫でると表情が綻び、やがて小さな寝息が聞こえ始めた。
「……君が望んだくせに」
自分でも私でもなく。
この子は世界の存続を望んだ。
最初の時も、あの時も。
――俺が生まれる限り、殺し続けてくれ。お前にしか頼めないんだ。
そう、私しかいなかった。
そして私にも君しかいなかった。
……なのに、君は。
――不公平じゃん?
つい先日、救世主がそんなことを零した。
――だって、俺もアンタも全部知ってる。……なのにあの子は何も知らない、なんてさ。
本を差し入れたのは彼の仕業だろう。
大方彩王宮の図書館からでも持ってきたのに違いない。
「……それでも、私は約束を守り続けるけどね」
今も昔も滅多に我が儘を言わない、君の数少ない我が儘だから。
叶えてやれるのは、私しかいないのだから。
「おやすみ、玄冬」
だから、どうか安らかに。
時が再び君を奪う、それまでは。
2006/04/06 up
かつてあった企画サイト『Flower's Mix』を開設する際に
展示していたサンプル小説です。 黒鷹視点で展開。
黒鷹&こくろコンビによる、例によって春告げの鳥EDベースの話。
サンプル原案内容は
『黒玄。日常の甘いやりとりの話で。他のキャラは出さない方向で。
(会話の中で出て来る程度までならOK)
「何時までそう言っていられるかな?」と言う台詞を
話の何処かで黒鷹に言わせてください。』
というものでした。
黒鷹の心情を抜かせば、親子ほのぼの読み聞かせの甘々。
- 2013/09/13 (金) 08:18
- 黒親子(カプ要素無)