作品
せめて良い夢を
[Kuroto's Side]
かつては『俺』だったもの。
今は魂の抜け失せた唯の抜け殻。
それを黒鷹は自分の腕の中に抱えて、変わらない表情にも関わらず髪を撫でている。
いつも夜に眠る前にそうしてくれていたように。
――こうすると悪い夢は見ないよ。安心してお休み。
――じゃあ、俺も撫でてあげる。そしたら黒鷹も悪い夢を見ないよね?
そう言ったのはいつの時代の俺で、幾つの時だっただろうか。
確かめようにも、雑多に入り混じった記憶は曖昧だ。
それでも覚えているのは、確かにそうやって頭を撫でられながら眠りにつくと、悪い夢を見ることはなかったということ。
まるで撫でた手が悪夢の種を散らすように。
穏やかな気分で眠り、目覚められたのを覚えている。
だけど、お前はどうなんだろうな。
特にこうして俺が傍からいなくなった時は。
お前はそうやって抜け殻でも撫でてくれるから、きっと俺はまた満たされた思いで生まれてこられる。
無償で受け止めてくれる腕の存在を知っているから。
でもお前は?
俺がいない間、一人で世界に在るお前はどうだろうか。
触れられないのは解っていても、黒鷹に手を伸ばさずにはいられなかった。
勝手な願いだろう。
こんなことを繰り返すのは俺との約束の所為なのに。
でも祈らずにはいられなかった。
どうか、俺のいない間。
お前が少しでも安らかな日々を過ごしていけるように。
薄れていく世界の最後の最後まで、黒鷹の頭を撫で続けた。
そうして意識の消える瞬間、微笑んだ黒鷹の唇が確かに言った。
――また会おうね、玄冬。
――……ああ、またな。黒鷹……。
[Kurotaka's Side]
安らかな顔。
生きている時と変わらず優しい玄冬の顔。
ほんの少し残っているぬくもりを手離すことが出来ず、膝に抱いて髪を撫でる。
幾度、君の髪をこうやって撫でただろうね。
不意に幼い君が怖い夢を見たと言って、泣いて縋って来たことを思い出す。
――眠るのが、怖いよ。ねぇ、またあんな夢を見たらどうしよう?
――大丈夫だよ。
そう言って、髪を撫でてやると泣きそうな顔が和らいだ。
――君が眠るまでこうしていてあげよう。きっともう悪い夢は見ないよ。安心してお休み。
――……ホント?
――ああ。
――じゃあ、俺も黒鷹を撫でてあげる。そしたら黒鷹も悪い夢を見ないよね?
伸ばされた小さな手に泣きたくなったのを覚えている。
いつ生まれて来ても優しい私の子。
誰より何より愛しい。
だから、叶え続けるよ、君の願いを。
「また会おうね、愛しい子」
せめて、束の間安らかに。君が良い夢を見られますように。
2005/04/06 up
Web拍手で2005年~2006年1月下旬まで出していたうちの1本から&黒玄メールマガジン(携帯版)第7回配信分から。
- 2013/09/13 (金) 08:47
- 黒玄