作品
花吹雪
「ふふふ、いいねぇ。今年も綺麗に咲いたじゃないか」
「そうだな。ここの桜は綺麗だ」
家から少し離れたところにある桜並木。
入り口が少々入り組んでる所為なのか、ここに踏み込む人はほとんどいない。
毎年、黒鷹と俺のとっておきの花見場所だ。
少し強い風が桜の花びらを舞い踊らせる。
きっと明日ではかなり散ってしまっていただろう。
「さあ、せっかく着いたことだしまずは一杯!」
「お前、最初からそれか……!」
籠から素早く出したワインボトルを見て、つい溜息を付く。
花より団子という諺がどこかの国であるらしいが、こいつの場合はさしずめ花より酒、といったところだろうか。
例年のことではあるので、俺もさっさと諦めて手早く用意をする。
多少でも食わないと酔いの回りが確実に早くなるから、地面に敷物をし、弁当を広げ、ワイングラスも置いて、二人でその場に座り込む。
ワインをグラスに注ぐと黒鷹が満面の笑みを浮かべた。
「では、今年も変わらぬ桜に乾杯!」
「……乾杯」
グラスを合わせると小気味良い音がする。
飲もうとグラスを傾けた途端に、ひらりとグラスに入り込んだ一片の花びら。
「あ……」
「おや、風流だな」
ワインの赤い色と花びらのほのかなピンクの色が相まって綺麗だった。
なにやら、微笑ましくそのままグラスを煽る。
グラスの内側に張り付いた花びらを飲むことはなかったが、まるでグラスの模様のようだ。
春らしくていい。
しばらく、言葉もなく二人で桜を眺める。
見上げた木々は風にそよいで、枝をなびかせていて。
ほのかに甘いような空気が心地よい。
いつも雪が降る季節には、次に咲く桜は見られるだろうかと思ってしまうけれど、今年も見られて良かった。
でも、来年も見られるとは限らない。
「……あと何回見られるんだろうな」
つい、呟いてしまった言葉。
隣で黒鷹が笑う気配がした。
「見られるよ。何回でも」
「黒鷹」
「来年も、再来年も、そしてその次もずっとずっと。
……私が君に見せてあげよう」
とん、と俺の肩に寄りかかった黒鷹の頭。
……加減なくかかってくる力に嫌な予感がして、ボトルを見ると既に二本空いていた。
三本目も半ばまで無い。
手酌でどんどん飲んでいたのだろう。
うっかり、考え事をしていて目を離したのが拙かった。
「お前もう酔ってるな」
「まだ酔っていないよ」
「嘘吐け」
寄りかかってくる重さは動こうとしない。
……どうせ、こうなるだろうと思ってはいたけれど。
籠の奥に入れてあったブランケットを取り出して、黒鷹の身体に掛ける。仕方のないやつだ。
間もなく聞こえてきた小さな寝息に、ちらりと横を見れば黒鷹の髪に桜の花びらが乗っている。
起こさないようにそっと手を伸ばし、取ろうとすると黒鷹の手に掴まれた。
寝てたと思っていたけど、起きていたんだろうか。
「黒鷹」
「……何回だって見せてあげるよ。
春の桜の花も、夏の向日葵も、秋の紅葉も。
だから、物悲しい顔で花を眺めるのは止しなさい。花だって可哀想だよ」
「……黒鷹」
「大丈夫……だから」
夢うつつだったのか、寝ぼけていたのか。
黒鷹はそれだけ言うと手を掴んだままで降ろして、また、寝息を立て始めた。
掴んだ手はそのままで。
「……本当に、そうなら」
何度でも季節が巡り、咲き誇る花を黒鷹と一緒に見ていけるのならどれだけいいだろうか。
今年で最後かもしれないと、切ない気分にならずに見ることが出来たなら。
「花だって可哀想、か」
***
「……あの時、お前はもう考えていたんだろうか」
一人で桜並木を見上げ、かつては隣にいたはずの相手に問いかける。
確かにあれが最後にはならなかった。
今年もこうして桜を見ていける。
――私が君に見せてあげよう。
「……お前と一緒に見たかった」
一人で見ても意味が無い。
花が見たかったんじゃない。
ただ、お前と一緒にずっと過ごしていきたかった。
きっと、お前は満足なのかも知れないけれど、俺は後悔している。
――あと何回見られるんだろうな。
あれは言ってはいけない言葉だった。
身体を撫でていく花吹雪はあの時以上に切なかった。
2005/03/31 up
雪花亭で配布されている
「花帰葬好きさんに22のお題」よりNo22。
曲がりなりにもトゥルーEDにあたる花に捧ぐの話は、どうしてこう私が書くと暗い方向に向かってしまうのか。
まぁ、黒玄的には鷹がいないからなんですがw
- 2013/09/27 (金) 00:19
- 黒玄