作品
誰よりも
「……まったく。飲むなら限度を考えて飲めと言ってるのに。
介抱するほうの身にもなれ」
「ん…………」
返事のようなそうでないような。
ダメだ、これは。
まともに聞こえてはいない。
肩に寄りかからせて、歩く足ももう覚束なくなっている。
それでも、何とかベッドまで連れて行って、横にさせ、衣服を軽く緩める。
気持ち良さそうな寝息を立て始めた黒鷹とは対照的に、こっちはつい溜息が出る。
出来たばかりの果実酒を、丸ごと一瓶空けるような真似なんかすれば酔い潰れるのなんか当たり前だ。
明日の朝は、また二日酔いだとか言って、ぼやいてるだろう姿が目に浮かぶ。
黒鷹は、酒を飲むのが好きだけど、そうしょっちゅう酔い潰れられては、俺としてもたまったものじゃないからある程度、普段は控えさせている。
酒に弱いわけではないんだろうが、俺と二人で飲むとつい程度を超えた飲み方をしてしまうから。
他人といると絶対にそんなことはしないくせに。
「……毎回、いい加減にしろと言ってるのに」
眠りに落ちてしまった黒鷹の髪をそっと撫でる。
俺はといえば、酔うという感覚自体がどうもわからない。
酒は上手いとは思うけど、他の飲み物を飲むときと変わりがない。
これも『玄冬』としての身体の機能から来るのかどうかはわからないけど、おかげでいつも俺が一方的に黒鷹を介抱するはめになる。
……それでも。
「お前が本当に酔うのは、俺と二人の時だけだからな。
……知ってるから、止められないんだ、俺も」
他人も交えて、人数揃えて飲むのも好きではあるようだが、そうなると人の状態を気遣ってしまったり、自分が酔いつぶれてしまったときのことを考えたりするから、酔えなくなる。
顔はすぐ赤くはなるけど、ノリで酔ったふりをするだけで、本当は酔っていない。
酒に酔うのは、俺と二人きりで飲んでいるときだけ。
俺がいくら飲んでも酔わないからというのもあるんだろうが、一番は甘えているからというのが大きいんだろう。
花白が加わって、一緒に飲んだときでさえ、黒鷹は酔わないから。
「……仕方のない奴だ」
起こさないよう、静かに黒鷹の唇に自分のそれを重ねる。
微かに漂う甘いアルコールの香り。
温かな柔らかい感触だけ確かめて、そっと唇を離した。
仕方がないのは俺も一緒なんだろうな。
そうやって、甘えられてることが嬉しいと本当は思ってるから。
黒鷹が俺のことを誰よりもわかっているように、きっと俺も黒鷹のことを誰よりもわかっている。
こうした、日常での何気ないことは勿論、艶を含んだ声も、熱を孕んだ優しい指も、愛しいぬくもりも。
全てが心と身体のすみずみまで刻まれている。
他の誰も知らない、お互いだけが知っていること。
それを思うと暖かい気持ちになれる。
誰よりも『特別』な相手だから。
言ったら、こいつは調子に乗るから言葉にはしないけど。
でも、きっとそれさえわかっている。
わかっていないわけがない。
「……おやすみ、黒鷹」
枕元のサイドテーブルに水差しとグラスだけ置いて、部屋を出た。
明日はほんの少しだけ、遅くまで寝かせておいてやろう。
また、近いうちに新しい果実酒を漬けることに決めた。
酔いつぶれるのはわかっているけど、それでもお前の喜ぶ顔が見たいから。
2004/10/03 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo62。
お酒絡みの黒親子のエピソードは、黒玄的には色々美味しすぎて困りますw
- 2013/09/29 (日) 02:27
- 黒玄