作品
助けて(黒玄前提救こく)
――ねぇ、逃げよう?
逃げられる、と思ったんだ。
――俺はお前を殺したくないし、俺しかお前を殺せない。
黒鷹は知っていたんだ。
俺がいずれ殺されることを。
俺が生きていると、世界を滅ぼしてしまうから。
――きっと何とかなるよ。だって俺たちが世界の運命を左右できるんだから。
そうして、二人で逃げた。
初めて見た『外』の世界は綺麗だった。
もし、捕まっても、お兄ちゃんは殺されない、と思ってた。
だって、お兄ちゃんを殺したら、俺を殺せないから。
世界が終わっちゃうから。
――私は君の味方だよ。……いつだって、何があろうとも。
黒鷹はそう俺に言ってくれてた。
だから、黒鷹が俺たちを追いかけてきた時も、きっと助けてくれるって思ってたのに。
「何の為に、私が君を外に出さずに育ててきたか、わかるかい?」
「黒……鷹」
お兄ちゃんが動かない。
真っ赤に身体を染めて動かない。
黒鷹の手も真っ赤。
「何も知らせず、その時が終わるまでは幸せに過ごして欲しかったのに」
どうして、知りたがったんだい、という黒鷹は今にも泣きそうだった。
「……知ったら破滅でしかなかったのに」
「黒鷹」
「知らない方が、幸福だったんだ。君も私も」
俺を抱きしめてくれた黒鷹が震えていた。
「助けて……」
「玄冬」
「ねぇ、お兄ちゃんを助けて……」
「……もう無理だよ」
「どうして……どうして、お兄ちゃんを殺したの?
お兄ちゃんを殺すくらいなら、俺を殺……」
黒鷹の手が、言葉を言いかけた俺の口を塞いだ。
血の臭いがする。……お兄ちゃんの血。
「なにより、その言葉を聞きたくなかった」
あの約束は一度で十分だよ、とどこか遠くで聞こえた。
お兄ちゃんも、黒鷹も。
俺はどちらも助けられなかった。
だから、ただ黒鷹に抱きついて泣いてた。
そんな顔しないで、ねぇ。
***
――あれが、『玄冬』ですよ。貴方はいずれ時が来たら……。
どうして、と思った。ただの子どもなのに。
――誰? 貴方……。
何も知らない? 俺は知ってるのに?
――知らせてないよ。時が訪れるまでは何も気に病むことなく過ごさせたいから。
偽善だ、と思った。
だから、長い間何も変わらないんだ。
それなら変えてやろうと思った。
何とかなると思ってた。
だって俺たちの存在がそのまま世界の運命を左右できる。
「君は何度私からこの子を奪えば気が済むんだい」
「が……っ…………」
腹から突き出た手は誰のだ?
そして、この冷徹な声は?
「渡さない。死の瞬間以外の何もかも。……この子は私の子だよ」
振り向いて、瞳が見えた。
ぞっとするほどの輝きを湛える黄金の瞳は怒りに燃えている。
ああ、ごめんね、玄冬。
変えられなかった。
助けられなかった。
***
「貴方は救世主があの子に接触していることを知っているのかい?」
「まさか」
「……やはり、知らなかったのか」
笑わせる。
かつて、一度起こった救世主と玄冬の逃亡劇。
二度と起こるわけはないと、高を括っていたのかい。
約束だった。
愛しいあの子との大事な。
残酷で優しい願い。
辛くとも、あの子がそれを望むなら、ずっと繰り返し、何度でもその命の尽きるまでは、共に在れるなら。
なのに、あの幼い救世主は全て台無しにしてくれた。
――偽善じゃないか、それで永遠に玄冬を殺すの!?
お前に何がわかる?
幼い救世主。
幼稚な正義感を振りかざして楽しいかい?
どれほどの思いで私があの約束を守り続けているか。
あの子に何も教えず、外を知らせず、その代わりに精一杯の愛情を籠めて、慈しんで育てて。
いずれ殺される子どもを。
愛しい子を。
せめて、知らずにその時が来るまでは笑っていて欲しいと。
……なのに。
「知らない方が、幸福だったんだ。君も私も」
二人で笑いあって過ごしたかっただけなんだ。短い時間の間だけでも。
「助けて……」
「玄冬」
縋るような視線。決して責める視線ではなく。
「ねぇ、お兄ちゃんを助けて……」
「……もう無理だよ」
「どうして……どうして、お兄ちゃんを殺したの?
お兄ちゃんを殺すくらいなら、俺を殺……」
聞きたくない。
――これから世界が続いて、俺が生まれる限り、俺を殺し続けてくれ。
あの約束は一度で十分だよ。
殺してくれなんて、言わないでくれ。
その言葉はまざまざと思い知らされるんだ。
結局、私は君を助けられなかったのだと。
誰か助けてくれ。
この子の心に破滅への道を歩ませないでくれ。
自分の中で何かが崩れ落ちていくのを感じながら、ただ抱きしめた。
ああ、これが咎か。
君に全てを言えなかった報いか。
***
助けて。……ねぇ、助けて。
助けてくれ、どうか。
せめて、黒鷹を。
せめて、愛しい子を。
2005/04/22 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo73。
救いの何もない春告げの鳥の末路。
春告げの鳥話は掃いて捨てるほど書いてますが、その中では異色の一作。
ひっそり某エルの天○が啓発になったネタ。
- 2013/09/30 (月) 03:35
- 黒玄前提他カプ
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