作品
軸を失った心は砕け散る
もういない。
***
「おい。まて。
確か家から持ってきた酒瓶は二本だったと俺は記憶しているが?」
「それは気の所為というものだよ。
まぁ、そんなことはおいといて。
桜を愛でようじゃないか。せっかくの花見日和なのだし」
「そうやって誤魔化すな!」
そんな春を幾度も繰り返した。
***
もういない。
***
「どこか出かけるのか?」
「ああ、少し隣国の市に行ってくるよ」
「……気をつけろよ」
「ああ。二、三日で戻る。
いい子にしてるんだよ。お土産を買ってくるから」
青い空に羽ばたいた黒い翼。
黒鷹の翼が落とす影が心地よかった夏。
***
もういない。
***
「赤い絨毯のようだね、まるで」
「ああ、綺麗な赤だな」
「それ……っと!」
地に散った紅葉をあいつはガサガサと子どものように靴で鳴らし。
どっちが子どもだと苦笑した秋。
***
もういない。
***
「雪が好きだよ」
「……良い物じゃない。雪が降るから皆……」
「美しいよ」
「黒鷹」
「雪は綺麗だよ。……私は好きでたまらない」
言葉を遮って、抱きしめてくれた黒鷹の体温が暖炉の火よりもずっと温かく感じられた冬。
***
もういない。
世界のどこにも。
声を掛けようとして途方にくれる。
肩を叩こうと伸ばした手は空を掴む。
あいつの居ない状況にいつになっても慣れない。
なぁ、どこにいる?
お前は何処にいるんだ……?
2005/06/12 up
花々(閉鎖) が配布されていた「赤く染まる苦痛10題」、No7より。
相変わらず幸せさの全く感じられない、花に捧ぐ話。
- 2013/10/04 (金) 02:06
- 黒玄