作品
聞こえる
――聞こえるな。こうしてると。
――うん?
――心臓の鼓動。……温かい音がする。
そう、君は言っていたね。
『温かい音』という表現に優しい気分になったのを覚えているよ。
触れ合った後に膝の間に抱きかかえて、胸に頭を預けるようにして、私に寄りかかるのが、君は好きだった。
時折、位置を交換して、私も君の生命の音を聞いていた。
触れ合ったあとの少し早い鼓動。
眠ってるときの少し遅い鼓動。
生きてる証のその音を。
「もう……聞こえないね」
血に塗れた玄冬の胸に、そっと耳を押し当てる。
愛しい鼓動はもう聞こえない。
わかっているのに。
確認なんてするまでもないのに。
――黒鷹。
昨夜、最後に……抱き合ったときの声を思い出す。
――うん?
――……有り難う。
――……何のことだい?
――色んなことだ。……深く考えなくていい。
穏やかな顔でそんなことを言った。
……もしかしたら。
思い出していたのだろうか。
遥か昔に、君と交わした約束を。
気がついていたのだろうか。
今の君に、もう残された時間はなかったのだということを。
「そんな言葉は要らないと。……前にもそういったろうに」
胸から耳を離して、ゆっくりと玄冬に触れる。
輪郭に添わせて身体の隅々まで。
昨夜確かにあったぬくもりはもう失せて久しい。
だけど、また、永い時間会えないから。
君に触れられないから。
声を聞けないから。
再び会うときまでの時間、君の色んなことを思い返せるように。
一通り触れると、最後に唇にキスをして。
静かに力を送る。
玄冬の身体の輪郭が淡くなり、光に包まれて。
やがて、粒子状になって、あたりに霧散した。
柔らかい光の中で、玄冬に呼ばれたような気がして。
……自然に微笑が零れた。
「……おやすみ。玄冬」
また会うときまで。
ゆっくりとお休み、私の子。
待っているから。
君が再び産声を上げる、その時を。
2004/10/03 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo53。
某さんのところで出たかの「光の粒になって~」のパターン。
- 2013/10/09 (水) 00:58
- 黒玄