作品
第1話:邂逅と疑問
枕の下にあった、黒鷹の肩についてる羽根の一片。
くるくると指先で回して見る。
「……どうしたんだろう」
今日で3日。黒鷹はまだ来ない。
こんなに来なかったことなんて今までなかったのに。
……物音一つ聞こえない、扉の向こう。
黒鷹は今頃何をしてるんだろう?
――また明日来るから。今日は一人でお休み。
「……嘘吐き」
来るって言ったのに。まだ来ない。
探しに行こうかな。……一人でいるの飽きちゃった。
――この部屋から出てはいけないよ。
――外には怖いものが沢山いるのだから。
黒鷹はそう言ってたけど。
でも、今は一人で部屋に居る方が怖い。
ずっと黒鷹が来なくなりそうだもの。
ちょっと扉の取っ手に手をかけて迷ったけど、結局扉を開けた。
ところどころに灯りのついている細長い道。
よし、探しに行こう。
きっとこの道のどこかに黒鷹はいるはずだから。
***
彩王室が所有している三つの資料閲覧室がある。
ただし、公にしてあるのは二つとなっている。
残る一つは一部の人間しかあることを知らない。
一部の人間しか知らないところには、『救世主』と『玄冬』に関しての歴代の資料が収められていた。
ほとんどの人間は存在を知らない、世界のからくりに関わる二人。
彩の王都より少し離れたところにひっそりと佇むこの小城にそれはあった。
密かに彩王宮の地下から延々続く通路を使い、閲覧室に置いてある王太子殿下に頼まれた資料を見つけ、ほっと一息をつく。
なんとか今日のうちには、お渡しできるだろう。
日が差さない場所だから、よくは解らないが、まだ夕暮れまでには時間があるはずだ。
閲覧室を出て、彩の王宮のある方角に少し早めに足を進める。
通りの角を曲がろうとしたところで、足に何かがぶつかった。
「あ……ごめんなさいっ!」
「いや、そっちこそ大丈……」
子どもの声。
こんなところにどうして子どもがという疑問は、ぶつかった相手を見て消え失せた。
……こんなところにいるはずはない子ども。
――初代救世主の血を引き、現第三兵団を束ねる貴方は知っておいて良いでしょう。
しばらく前に白梟殿に連れてこられ、部屋の小窓から見たことがある。
――あれが今生の『玄冬』です。
紫紺の髪と目をした幼い子ども。
世界を滅びへと誘う死の子ども。
あの部屋から、死ぬまで出ないはずのこいつがどうしてこんなところに一人でいるのか。
「あ……その、ここ…………どこ?」
消えいりそうな声。
不安を湛えた目は何かを思い出させる。
どのみち、このまま無視して捨て置くことも出来るはずも無い。
「…………道に迷ったのか?」
「ん……」
屈んで玄冬と視線を合わせる。
こうして見ると、普通の子どもと何も変わらない。
本当にこれが世界を滅ぼす媒介になる存在だと言われても、ぴんと来ない。
そっと小さい手を取ると、一瞬怯えた目が見上げた。
怖い顔でもしていたかと思いかけて、そうではないらしいことに気がついた。
そうか、あの部屋からでたことがなかったのなら、黒の鳥以外の人間には接したこともないはずだ。
警戒しても無理はない。
何時から部屋を出てうろついていたのか、手がずいぶんと冷えている。
安心させてやるようにポンポンと軽く頭を叩いた。
心なしか、少しだけ子どもは警戒を緩めたように見える。
「迷ったなら、部屋まで連れていってやろう」
「ん……でも……。黒鷹……まだ見つけてない」
「……見つけて?」
「お部屋に来ないの。もう3日……」
それで合点が行った。
姿を見せない養い親を探しに一人で部屋を出てきたのか。
「それなら、一緒に探してやる」
「……いいの?」
「ああ」
「ありがとう、おにいちゃん」
柔らかい微笑み。
歳相応の無邪気な子どもの表情。
――世界を滅ぼす、忌まわしい化け物ですよ。
とても、そんな風には見えなかった。
***
小さい手を引いて、玄冬の住む小部屋の方向に向かいながら黒の鳥を探す。
時々足音が細かくなる。
気をつけていたつもりだが、歩く速度が速かっただろうか。
ちらりと玄冬を見ると、少し呼吸も速い。
……ああ、ずっと探してうろついていたなら、疲れているせいもあるのか。
少し考えて立ち止まると、玄冬がきょとんとした顔で俺を見上げた。
「どうしたの?」
「ちょっとの間、この本を持っていてくれるか?」
「? うん……わっ!」
手にしていた資料を玄冬に持たせ、そのまま小さい身体を抱き上げる。
「僕、まだ歩けるよ!?」
「いいから。疲れただろう。
それにそこから見たほうが探しやすいだろう?」
「う、うん……」
遠慮があったのか、しばらく所在無さげにみじろいでいたが、やがて身体の力は抜けた。
「……ねぇ、このご本なぁに?」
しばらく黙って歩き続けて、玄冬がふいにそんなことを尋ねてきた。
どう答えたものか、と思ったが。
「……古い古い、遠い昔の話の本だ」
そんな風にしか言えなかった。
「ふうん……僕、知ってるかな。その話。
……あのね、黒鷹は色んなお話をいっぱいいっぱいしてくれるの。
黒鷹のお話は面白いんだよ!」
「……そうか、大好きなんだな。話が」
「うん! 黒鷹も、黒鷹のしてくれるお話も大好き!」
曇りの欠片もない無邪気な笑顔。
――いつも、あれが生まれてくるたびに黒鷹は慈しんで育てています。
――いずれ、殺される子どもを。……私にはわかりません。
白梟殿がそうおっしゃっていたのを思い出す。
……だが、俺には理由がわかるような気がした。
殺される定めといっても、何も知らずに無邪気に懐いてくる子どもをどうして突き放せるだろう。
「…………玄冬?」
ふいに通路の先で聞こえた呟きに顔を向ける。
「あ! 黒鷹!!」
黒の鳥が駆け足でこちらに寄ってきて、腕を差し出すと玄冬は躊躇い無く
黒の鳥の腕に収まった。
離れてしまったぬくもりにどこか一抹の寂しさを感じて苦笑した。
僅かな時間しか一緒にいなかったというのに、別れがたいと確かに思った自分がいるのに驚く。
「どうしたんだい。部屋から出てはいけないとあれほど言っていたのに」
「馬鹿ぁっ!! 黒鷹が来ないからじゃないか! ずっと待っていたのに!」
「ごめんよ、少し用があってね。寂しかったかい。
……君にも迷惑をかけたようだね」
玄冬の頭を撫でながら、黒の鳥がこちらに向き直る。
目が笑ってないのは気のせいだろうか。
「いや、会ったついでだ。閲覧室で資料を探す用で来たのだし」
どうして、こんな言い訳じみた言葉になるのだろうか。俺は。
「それでも、礼を言わせて貰うよ。有り難う。
……玄冬、その本を返しなさい。彼のだろう?」
「あ、うん。はい、おにいちゃん」
「……有り難う」
玄冬が渡してくれる本を受け取る。
黒の鳥の視線が妙に居心地悪くて、じゃあな、とだけ言ってその場を離れようとしたら、待ってという声が小さく聞こえた。
「……おにいちゃん、またお話してくれる?」
……この子どもも思ってくれたんだろうか?
別れ難いと。また会って見たいと。
「玄冬。無茶を言ってはいけないよ。彼には彼の仕事があるのだから」
「……月に1、2度なら来れないこともない」
振り返っていった言葉に、玄冬の顔が明るくなる。
対称的に黒の鳥の顔が苦くなっているが、それには気付かないふりをした。
「また会おう」
- 2008/01/01 (火) 00:01
- 本編
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